1st


「あ」
「どーも」
「……路上喫煙禁止」
「生憎、ココらへんは条例施行区域じゃないスからね」
 それに俺もう、店の中っスよ?
 邪気の無い笑みにそれ以上追求する気が失せて、乱菊はいつものように軽く手招きした。
「カクテルある?」
「修兵さん。何度も言うけど、ウチはワインだけ」
「じゃ、白。辛口」
「……あんたソレ、嫌がらせ?」
 来る度に言ってるわよ。
「ある日突然増えてたら面白いじゃないスか」
 理由にもなっていない事を言って、乱菊の隣のスツールに滑り込む。
「あ、それにチーズ適当に合わせて。あと…」
「灰皿ね」
「さっすがマスター」
「あんたの行動がパターン化してて分かり易いってだけでしょ――って、ちょっと?」
「いいじゃないスか一つくらい……あ、美味いね。コレ、どこの?」
「スイス。山羊のミルクから作ったヤツだよ。名前は……言っても覚えないか」
「悪ぃね、不真面目な客で」
「修兵。あんた、馬鹿にされてんの分かってないでしょ」
「俺は細かい事に拘らない主義です。マスター、俺のにもコレ入れて?」
「はいはい」
「相変わらず硬いチーズしか食べないの?」
「酒と一緒に食べる時は食感ある方が好きなんで。普段は割と何でも」
「じゃあ、あんたが来る時は柔らかいの頼んどく事にするわ」
「……心狭いっスよ、乱菊さん」
 不満な表情を隠そうともしない。短くなった煙草を灰皿に圧し付けて、ノータイの黒いスーツのポケットから取り出した煙草の箱を軽く振る。
「ね、修兵。ちょっと聞いていい?」
「何ですか?」
「あんた仕事何やってんの?」
 咥えた煙草にライターで火を点ける修兵は、スーツを着ている割にネクタイは無し。以前、締め付けられんの嫌いなんスよね、とぼやいていた事からすれば、真面目に会社員やっているとは思えない。そもそも、世間一般の会社に行くには、顔の三本傷とタトゥーはどうやっても目立つ。今どき、一体何をどうすればそんな傷が付くのだ。
「秘密。っつーか、乱菊さんもそうじゃないスか」
「だってあんた謎過ぎ」
「お互い様っスよ。大体、俺に言わせりゃ乱菊さんの方が謎」
 薄い紫のブラウスに、タイトなスカートの洒落たスーツ姿。普通のOLにも見えないが、かといって何に見えるかと聞かれれば返答に困る。ただ、人を纏めるポジションにいそうな雰囲気。それ以上は、貧弱な想像力の限界を超えている。
「はい、できたよ。修兵さん」
「お、サンキュ。ワインどこの?」
「スペイン」
「スペインって赤じゃねえの?」
「白もあるから」
「ねえ、マスター知らないの? 修兵の仕事」
「さあ…この人教えてくれないからね。乱菊さんもなんだけどさ」
「えー、プロでも分かんないの?」
「俺の事は詮索しなくていいって。……はい、乱菊さん、さっきのお返し」
「どうせならドライフルーツ頂戴」
「付け合わせですよ、コレ」
「だからそれ全部」
「ちょっとは遠慮して下さいって」
「付け合わせでしょ? 十分遠慮してんじゃない」
「………………」
 抵抗を諦め、大人しく自分のプレートからドライフルーツを乱菊の方へと移す。
「これでいいっスか?」
「まあ、許してあげるわ」
「じゃあ……」
 苦笑混じりにこちらを眺めているマスターの姿は敢えて見ない事にして、修兵はグラスを持ち上げた。
「謎な人に乾杯」
「右に同じ」
 軽く触れ合うグラスの中で、光を映した淡い色が大きく揺れた。





Catalysisの川原さんの修兵イラスト(スーツ姿)に触発された突発書き。
いつのまにやらシリーズ化しました(笑


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