4th


「いらっしゃい」
「どーも」
 いつものように入って来て、しかしそれを迎える言葉が今日は無い。修兵は、カウンターに無言で座る相手と、彼女の持ったペーパーバックを覗き込んだ。
「.........What do you read?」
「It’s a mystery novel.」
「Do you like mysteries?」
「Yeah, they’re very interesting.」
「Is the book with a private eye?」
「With a sleuthing cat.」
「A sleuthing...cat?」
「A detective cat...? ...I don’t know. Anyway, with a smart, beautiful and elegant cat.」
「............That’s amazing.」
「……馬鹿にしてんの?」
「素直な感想なんですけど」
 会話の間にスツールに滑り込んだ修兵は、取り出した煙草とライターをカウンターに置く。
「マスター。俺、白の辛口。それにチーズ」
「いつもの取り合わせでいい?」
「あと、乱菊さんにドライフルーツも」
「はいはい。……珍しいね」
「ま、たまには俺もそういうとこ見せないと」
「どーいうトコよ? っていうか、あんた英語話せたんだ?」
「話せてんのは乱菊さんもじゃないスか。……その本、どういう話です?」
「とにかく、猫が出てくんのよ」
「それ、さっきより答えになってないですよ」
「読んでみればいいじゃない」
「というか、乱菊さんが読んでる物に興味があるってだけなんで」
「じゃあ、ノーコメント」
「……その理由は酷くないスか?」
「いーのよ、気にしなくて。それより修兵、いつ英語使ってんの? 仕事?」
「いつ使ってるって、どういう質問ですか」
「だって、言葉なんて使わないとすぐ忘れるじゃない」
「俺も乱菊さんに同じ質問したいんスけどね」
「あたしは秘密」
「だったら俺も、右に同じです」
「…………強情ねえ」
「お互い様ですよ」
「何か…ホント変わらないよね、二人とも」
 内容自体は変わっても、最終的には同じ場所に行き着く会話に呆れたように笑いながら、マスターがワイングラスを差し出した。
「はい、修兵さん」
「サンキュ」
「あ、マスター。あたしにも同じの貰える?」
「いいよ」
「今日は乱菊さんも白ですか?」
「そういう気分だし」
「で、その気分は、洋書読んでたのと何か関係あるんスか?」
「さあ」
 どうかしらね。と、意味深だ。
「―――はいどうぞ、乱菊さん」
「ありがと、マスター。……修兵」
 お互い、掲げたグラスを軽く合わせる。
「――…あー、やっぱ美味しいわね」
「気に入ってくれた? フランスのワインだよ」
「あ、俺、あんま飲んだ事なかったかも」
「修兵さんには、結構他の地域のワイン出してたからね」
「ふーん…ま、俺は美味けりゃそれでいいんで」
 選択はマスターで宜しく。
「あんたいい加減過ぎるわよ」
「でも、そういうお客さんいると嬉しいんだよね。選びがいがあるし」
「え、結構注文付く訳?」
「人によってはね。銘柄まで指定されると、こっちじゃどうしようもないし」
「うわ、それ、絶対つまんねえって」
 同じのしか飲まないのかよ。
「――……ねえ、思ったんだけど、猫ってフランス語喋りそうよね?」
「いや、何ですか突然」
「そう思わない?」
「………ああ、まあ、英語よりは」
 発音とか特に。
「というか、修兵って猫っぽいと思うのよね」
「どうしてそこで、更に話が飛躍すんですか」
 ってか、俺、猫ですか?
「でも修兵、フランス語って感じしないから微妙だけど」
「それで言うと、俺は乱菊さんの方が猫に近いと思うんですけどね」
「どうしてよ?」
「見た目と雰囲気。あと、フランス語もできそうな感じが」
「そうなの?」
「そうですよ」
「……修兵に言われてもねえ」
 呟く乱菊に、少し笑って、修兵は口を開いた。
「Nous vivons comme un chat, n’est-ce pas?」
「...............Alors, tu es un chat noir?」
「...qu’il est au bar avec vous.」
「―――……前言撤回。あんたやっぱり猫だわ」
「ついでに乱菊さんもですよ」
「要は二人、似たもの同士って事じゃないかな」
 横からそう纏められ、そして互いに笑い合う。





英語と仏語はどちらも割と適当です。…流し読みを推奨します(…

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