6th


「お、いらっしゃい。乱菊さん」
「こんばんは、マスター。明けましておめでとう」
「おめでとうございます」
 普段と変わりのない店内で、新年の挨拶が交わされる。
「あ、乱菊さん。明けましておめでとうございます」
「おめでと、修兵。早いわね」
「頼まないといけないものがあったんで」
「頼む……?」
「これだよ、乱菊さん。修兵さんから」
「あ、そっか、ドライフルーツ」
 座ると同時に差し出された白いプレートに、乱菊はいつかに取り付けた約束を思い出す。
「それとパルミジャーノだって。相変わらず卒が無いよね、修兵さんって」
「ホント、感心だわ」
「っていうか乱菊さん、忘れてたんですか?」
「大丈夫よ。今思い出したから。……マスター、あと赤ワインね」
「忘れてたんじゃないですか」
「あたしだからいいのよ。修兵が忘れてたら問題だけど」
 涼しい顔で、プレートから干し葡萄を一房摘み上げる。
「乱菊さん。ワインはどんな感じにする?」
「んー…ちょっと渋めな感じ」
「あ、マスター。俺もコレと同じの。それとチーズ」
「また白なの? 赤にしなさいよ。たまには」
「いいじゃないスか。正月だし、紅白で」
「とっくに世間は正月休みも終わってるわよ」
「あ、仕事いつからだったんですか?」
「……抜け目も無いわね、あんた」
 さり気なく探ってくんだから。
「少しくらい教えて下さいよ」
「嫌。だって修兵、自分は教えるつもり無いんでしょ?」
「時と場合と相手によります」
「あたしもそういうコトにしとくわ。だから却下」
「じゃあ、正月は何してたんですか?」
「何でそういうプライベートに関わる話を振ってくるワケ」
「単なる話題の一つじゃないですか」
「話題は他にもあるでしょ」
「例えば?」
「現代日本の正月について」
「……何を話したいんスか、ソレ」
「例えばの話よ。だって異様な雰囲気じゃない。テレビ付けたり外出すると思うんだけど」
「外出って、神社ですか?」
「寧ろデパート」
「ああ、初売りとか福袋。……それこそテレビの向こうの話っスね」
「あんた、あーいう中に入りたくないタイプでしょ」
「近付きたくないってのが近いんですけど」
「それっぽいわね。ま、あたしも大体そうだけど」
「っつーか、風情の無い世の中っスねえ」
「風情があるのってどんなのよ?」
「形骸化してない伝統行事とか」
「残ってるだけマシだと思うけど、その場合」
「そういうモンですかね」
「綺麗さっぱり無くなってるのに比べればね。――あ、そうだ」
「何ですか?」
「しぶとく残りそうな伝統行事の一例。はい、お年玉」
「………行事なんですか、コレ?」
「細かいコトはどうでもいいのよ」
「取り敢えず…よく見付けてきましたね。こんなもん」
 目の前に突き出された物を見て、修兵はしみじみと呟いた。
「何よ。お年玉と言えば、ぽち袋でしょ?」
「で、柄が猫ですか」
「そ、猫よ。目つきの悪い黒猫。探すのに苦労したわー」
 ホントはタトゥーと傷も追加してあげようと思ったんだけど。
「何の嫌がらせですか。ってか、どんなトコに労力使ってんですか」
「あのね。いちいちツッコミ入れてないで受け取んなさいよ。さっさと」
「あ、はい。…どうもありがとうございます」
 良く分からないなりに受け取って、袋越しの奇妙な重さと感触に、修兵は思わず視線を上げる。
「開けてみれば?」
「―――乱菊さん、コレ…いいんですか?」
「わざわざ駄目なモノ渡してどーすんのよ」
「や…でも……」
 ある意味可愛らしい袋から修兵の掌に滑り出たもの。それは、シルバーのブレスレット。
「いいでしょ? 別に大して高くもないし」
 乱菊の口調はさり気ない。
「それに、貰いっぱなしは嫌いなの」
「ありがとうございます」
「お礼ならもう聞いたけど」
「いや、あれが捨てられてないらしいんで」
「……勿体無いでしょ、新品捨てるの」
 言いながら、葡萄を取り切った房をプレートの脇によけて、ドライフィグを摘んだ。
「――…はい、乱菊さんに修兵さん。ワインだよ。それとチーズ。いつもの感じで取り合わせたんだけど」
「お、サンキュ」
「ありがと、マスター」
 そして今度は、光を揺らしてグラスが上がる。
「じゃあ、乱菊さん。今年もよろしくお願いします」
「ええ。よろしく、修兵」





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