「お、いらっしゃい。乱菊さん」
「こんばんは、マスター。明けましておめでとう」
「おめでとうございます」
普段と変わりのない店内で、新年の挨拶が交わされる。
「あ、乱菊さん。明けましておめでとうございます」
「おめでと、修兵。早いわね」
「頼まないといけないものがあったんで」
「頼む……?」
「これだよ、乱菊さん。修兵さんから」
「あ、そっか、ドライフルーツ」
座ると同時に差し出された白いプレートに、乱菊はいつかに取り付けた約束を思い出す。
「それとパルミジャーノだって。相変わらず卒が無いよね、修兵さんって」
「ホント、感心だわ」
「っていうか乱菊さん、忘れてたんですか?」
「大丈夫よ。今思い出したから。……マスター、あと赤ワインね」
「忘れてたんじゃないですか」
「あたしだからいいのよ。修兵が忘れてたら問題だけど」
涼しい顔で、プレートから干し葡萄を一房摘み上げる。
「乱菊さん。ワインはどんな感じにする?」
「んー…ちょっと渋めな感じ」
「あ、マスター。俺もコレと同じの。それとチーズ」
「また白なの? 赤にしなさいよ。たまには」
「いいじゃないスか。正月だし、紅白で」
「とっくに世間は正月休みも終わってるわよ」
「あ、仕事いつからだったんですか?」
「……抜け目も無いわね、あんた」
さり気なく探ってくんだから。
「少しくらい教えて下さいよ」
「嫌。だって修兵、自分は教えるつもり無いんでしょ?」
「時と場合と相手によります」
「あたしもそういうコトにしとくわ。だから却下」
「じゃあ、正月は何してたんですか?」
「何でそういうプライベートに関わる話を振ってくるワケ」
「単なる話題の一つじゃないですか」
「話題は他にもあるでしょ」
「例えば?」
「現代日本の正月について」
「……何を話したいんスか、ソレ」
「例えばの話よ。だって異様な雰囲気じゃない。テレビ付けたり外出すると思うんだけど」
「外出って、神社ですか?」
「寧ろデパート」
「ああ、初売りとか福袋。……それこそテレビの向こうの話っスね」
「あんた、あーいう中に入りたくないタイプでしょ」
「近付きたくないってのが近いんですけど」
「それっぽいわね。ま、あたしも大体そうだけど」
「っつーか、風情の無い世の中っスねえ」
「風情があるのってどんなのよ?」
「形骸化してない伝統行事とか」
「残ってるだけマシだと思うけど、その場合」
「そういうモンですかね」
「綺麗さっぱり無くなってるのに比べればね。――あ、そうだ」
「何ですか?」
「しぶとく残りそうな伝統行事の一例。はい、お年玉」
「………行事なんですか、コレ?」
「細かいコトはどうでもいいのよ」
「取り敢えず…よく見付けてきましたね。こんなもん」
目の前に突き出された物を見て、修兵はしみじみと呟いた。
「何よ。お年玉と言えば、ぽち袋でしょ?」
「で、柄が猫ですか」
「そ、猫よ。目つきの悪い黒猫。探すのに苦労したわー」
ホントはタトゥーと傷も追加してあげようと思ったんだけど。
「何の嫌がらせですか。ってか、どんなトコに労力使ってんですか」
「あのね。いちいちツッコミ入れてないで受け取んなさいよ。さっさと」
「あ、はい。…どうもありがとうございます」
良く分からないなりに受け取って、袋越しの奇妙な重さと感触に、修兵は思わず視線を上げる。
「開けてみれば?」
「―――乱菊さん、コレ…いいんですか?」
「わざわざ駄目なモノ渡してどーすんのよ」
「や…でも……」
ある意味可愛らしい袋から修兵の掌に滑り出たもの。それは、シルバーのブレスレット。
「いいでしょ? 別に大して高くもないし」
乱菊の口調はさり気ない。
「それに、貰いっぱなしは嫌いなの」
「ありがとうございます」
「お礼ならもう聞いたけど」
「いや、あれが捨てられてないらしいんで」
「……勿体無いでしょ、新品捨てるの」
言いながら、葡萄を取り切った房をプレートの脇によけて、ドライフィグを摘んだ。
「――…はい、乱菊さんに修兵さん。ワインだよ。それとチーズ。いつもの感じで取り合わせたんだけど」
「お、サンキュ」
「ありがと、マスター」
そして今度は、光を揺らしてグラスが上がる。
「じゃあ、乱菊さん。今年もよろしくお願いします」
「ええ。よろしく、修兵」