02


「――……もう終わりかよ」
「弱いわね」
「まあ、こんなモンじゃないっスか?」
 予想外に――というか、本人達にとっては予想通りであったが――あっけなく決着が付いた乱闘現場。涼しい顔で立っているのは、無論、先刻偶然の再会をしたばかりの三人だった。
 綺麗に一掃された騒音源。代わりに昏倒したむさ苦しい男達が路上に転がっているというのは、街の景観に甚だしく不釣合いではあったが、それは不可抗力というものである。
「それで、何の話だったっけ? 恋次」
「さあ……」
「てめえが忘れてんじゃねえよ。お前が何でここにいるかって話だっただろうが」
「イヤ何でって、俺も徙師だからじゃないスか」
「ソレは言わなくても分かるわよ。あたしだってそうなんだし」
「あれ? 乱菊サンも徙師でしたっけ? 先パイと一緒にいるんでどうしたのかと思ってたんスけど」
「徙師は複数でいた方が依頼も受け易いし、結果的には移動も早いじゃない。コレ、一応基本よ?」
「そもそも、延々一人でここまで来たお前の方がおかしいだろ」
「ああ、まあ、そう言われればそうなんスけど。でも………――!?」
「―――………!!」
 考えるよりも早く体が動く。表情が一変し、気配の方へと振り向いたその刹那。
「ぅわああああぁぁぁあ!?!?」
 遠く、しかし確かな轟音と叫びが響き渡った。
「虚……!」
 三人同時に、一足飛びで正確な結論に達する。そこからは、会話は無用だった。
 遠巻きにして見ていた者達のどれだけが、彼らの話す言語に疑問を持っていただろう。恐らく、疑問を持とうと意識しなければ気付かなかった筈だ。自分達が、正確に彼らの言葉を聞いていた訳ではない事を。
 現実を知り、そして思い返して理解する。彼らの言葉は、特定の言語を話す者達だけに理解できるという訳ではない。
 三人一斉に道を蹴る。息を呑む周囲の人間が目の当たりにしたのは、そのまま屋根の上まで舞い上がった彼らの姿。それぞれが身に付ける、塵除けの外套自体は旅装としてもおかしくはない。だがその下の、黒を基調とした独特の服。変わった形状の片刃の剣。腰から下がる二連の鐶と飾り紐。
「………霊尹使(レイインシ)……!!」
 ざわめきと驚愕の声とを後に残し、三人は抜刀した。
 全てには定まる大きな流れがあり、生死もまたそれに依る。しかし、死しても尚この世に留まる霊は定まる流れを逸れたもの。そして中心(こころ)を失くし、人を襲う虚は、定まる流れを乱すもの。この世に於いてそれらを尹す役目を負うのが霊尹使。そして、天掟の守護を存在目的とする彼らが作るのが即ち護掟十三隊。
 大陸西部の更に西端。内海である地中海の西と外洋の大西洋とを繋ぐジブラルタル海峡。その海峡を作る陸地の片方がイベリア半島。その南部の小国、グラナダ王国の港湾都市マラガ。ここに分隊を置くのは、フランス、イベリア半島の諸国家及びイングランド、スコットランド、アイルランドを含む大西洋上の諸島。西地中海に浮かぶ諸島を統括担当地域とする護掟十三隊・第十番隊。
 そしてこの時虚が現れたのは、通常業務の一つである市街巡邏中の十番隊隊員達の眼前だった。
「……っなッ…なん――…」
 普通ならば、霊圧だけでその正体は見ずとも分かる。だが、その意味を理解できなかった彼らが、盛大に舞い上がった埃と石畳の欠片の先に見たのは――
「巨大虚(ヒュージ・ホロウ)!! 三体も……!?」
「そんな……こんな場所で……!」
 耳に届いた引き攣った声に、屋根の上を駆ける恋次は舌打ちする。
「気配で分かれよ、そんなモン! 霊尹使だろ!!」
「ごちゃごちゃ言ってねえで行くぞ!」
 そのまま、三人は半ばパニック状態に陥った隊員達と巨大虚の間に舞い下りた。
「死にたくねえ奴は離れてろ!!」
 すかさず修兵が叫び、恐らく恋次を見知っていたであろう隊員達が、慌てて後方に退がる。しかし、振り下ろされた巨大な腕から身をかわした瞬間……突如別の霊圧が出現した。数瞬後に続く幾つもの悲鳴。
「くそッ……向こうもか!!」
「先パイ!」
「阿散井! こいつら任せるぞ!! ……乱菊さん!」
「分かってるわ!」
 返事も待たず、修兵と乱菊は身を翻す。残った恋次は一人で三体の虚と対峙した。他に感じる巨大虚の霊圧も複数。
「てめーらに時間かけてるヒマはねェ! さっさと倒させて貰うぜ!!」
 一旦大きく距離を取り、斬魄刀を振り翳す。
「――― 咆えろ! 『蛇尾丸』!!!」

 最初に見えたのは、暮色を遮る白い異形。体当たりのように降下してくる巨大虚に真っ向から向かうと、修兵は大振りの一撃を見切ってかわし、虚の肩を起点に中空で後ろを取る。
  君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ
  真理と節制 罪知らぬ夢の壁に僅かに爪を立てよ
『破道の三十三・蒼火墜!!』
 言霊の詠唱に続く鬼道は、威力を落とす事なくそのまま巨大虚の頭部を砕く。
 だが、消滅したと思えば、再び気配が現れる。
「―――修兵!」
 反動から体勢を立て直し、道の上に降り立つと、やはり霊圧を感じたのであろう乱菊が屋根の上から声を掛けた。
「何だか知らないけど、街中に出てきてるわよ!?」
「俺、向こう行くんで、乱菊さん中心部頼みます!」
 それだけ聞くと、乱菊は素早く屋根を蹴る。修兵も、言うと同時に駆け出した。
 屋根を伝って移動する乱菊の目に、程なく巨大虚と隊員達の姿が目に入る。偶然か、それとも意図してか。虚がいるのは霊尹使のいる場所ばかり。
 だが、それを考えている暇は無い。
 一旦飛び下り、そのままの勢いで舞い上がると、すれ違いざま白い仮面を浅く斬る。それで、巨大虚の意識が自分に向いた。
 攻撃の隙を与えぬよう素早く刀を正眼に構え直し、そして斬魄刀を呼び起こす。
「――― 唸れ 『灰猫』!」

「……落ち着け!! 隊長格が処理する! 無理に手を出すなッ!」
 新たな霊圧に向かった修兵は、斬魄刀を手に巨大虚に立ち向かおうとする数人の隊員を大声で制する。この場合、力量の違う者同士が闇雲に突っ込む事ほど無謀で危険な事はない。「隊長格」という言葉に、驚いたように身を退く隊員達の間を抜けて、修兵は地を蹴った。
  散在する獣の骨 尖塔・紅晶・鋼鉄の車輪
  動けば風 止まれば空 槍打つ音色が虚城に満ちる
『破道の六十三・雷吼炮!!』
 白光、爆鳴。空薙ぐ剣尖。夕空に、無数の仮面が白く散る。





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