04


「……よかったんスか?」
「何がだ?」
「だって、当分滞在してくれってハナシだったじゃないスか」
 早々に、事務で業務希望申請を済ませた修兵と乱菊の二人に、恋次は怪訝そうに尋ねた。
「契約決まり次第出発って、殆んど滞在しないってコトっスよ?」
「元々そのつもりだって言ってなかったか?」
「そりゃまあ……でも、一応頼まれたんスから。それに、滞在するって答えてたじゃないっスか」
「あのな。俺は、滞在できる範囲内でっつったんだ。別に嘘は言ってねえ」
「―――サギじゃないんスかソレ?」
「見解の相違ね」
 あっさりと、乱菊は総括した。
 隊員が伝えた伝言は、暫く三人に駐隊所に滞在していて欲しいという、別段、何の事もないようなごく短いものだった。
 恋次はその伝言を額面通り、今回の調査と隊業務に関する協力要請と受け取ったのだが。
「聞くけど、単に巨大虚を倒しただけで出現現場にいたワケでもないあたし達が、どーして出現原因の調査に必要なのよ」
「しかもだ、別にマラガは辺境地じゃねえ。地域自体は極西の辺境だが、地中海貿易の中継地で、しかも分隊所のあるグラナダからそれ程離れてもいねえしな。わざわざ副隊長同位を三人も滞在させねえでも、人員補充は十分できる」
「それに海峡渡った向こうは九番隊の統括地域でしょ? いざとなったら、海峡間を行き来する商船の常務護衛は一時的に向こうに頼む事だってできるじゃない。そうすれば市街地の警戒に人員を割けるしね」
 交互に言われ、恋次は黙り込むしかない。
 隊商・商船護衛とは言え、必ずしも全てを徙師に頼っている訳ではなく、同一統括地域内の移動や短距離の航海では、隊に所属する霊尹使が護衛業務に就く事が多い。ただ、その場合は幾つかの寄港地ごとに新たな業務依頼を必要とし、その都度業務仲介料が掛かる結果となる。その為、一つの隊商、或いは商船――多くは商船だが――で長距離を移動する場合には、長い区間に渡って護衛業務を行なう事のできる徙師が好んで使われるのである。
 最も一口に徙師と言っても、特定の地域範囲内での隊商・商船護衛を専門業務とする者と、彼らのように特定の領域を持たずに広範囲を移動しつつ護衛業務を担う者とがいる。特定地域を対象とする徙師は知識と経験で確実に業務を行なうが、後者のような徙師は、時として他地域への移動を目的として護衛を請け負う。勿論、隊商移動や航海に関する知識があるのは原則だが、各地域に関する詳細な知識と情報は不十分だ。それでも無事に依頼者を目的地まで護衛できるのはそれだけの実力がある為で、完全に個人の戦闘能力に依るタイプだと言える。よって、徙師である修兵、乱菊、恋次の三人が副隊長同位なのは不思議でも何でも無い。逆を言えば、最低でも席官並の実力がなければ、そのような徙師として認証を受ける事などできないのである。
「とにかく、本当の理由が何かは知らないけど、あたし達を足止めする方便であるのには変わりないわ。面倒なコトにならないウチに出るのが良策よ」
「ソレ、何となくイヤな予感がするから取り敢えず逃げとくってコトっスか」
「要はそういうコトね」
 断言する。
「ま、別にてめえがどうするかは自由だけどな」
「だから、いいんじゃない? ココに厄介になれば。統括地域移動するだけでも結構面白いわよ、きっと」
「……面白いんじゃなくて、大変の間違いじゃないっスかね、ソレ?」
 十番隊は、護掟隊全体の中でもかなり統括担当地域の面積が狭い方である。しかしそれに反して、地域内にある諸島部はかなりの数に上る。陸からのそれぞれの距離を考えれば、必ずしも統括するのに適した地理とは言えない。
「っつーか、ずっと思ってたんスけど。西の方の区分って、かなりいい加減じゃないっスか?」
「大陸全体で見れば重要度が低いからじゃない?」
「霊尹使を常置してねえ頃よりはマシだと思うがな」
 十番隊の、余剰分を加えて纏めたかのような区分は、隊の発生状況にも依る。それぞれの隊の発生と変遷は至極複雑だが、簡潔に言えば、護掟隊の地域区分の元になっているのはアジア地域全体から北アフリカ、アフリカ東岸を含む広大な貿易ネットワークだという事である。西暦で言えば紀元前から続くそれには、無論ヨーロッパ地域など殆んど含まれていない。
 否、確かに一部では繋がっていたが、それ程重要なものではなかった。そもそも、ヨーロッパは東方への輸出に適した商品をその領域内にまるで持っていなかったのである。ヨーロッパ地域内での交易が隆盛するこの時代でさえ、ネットワークの西端部分に辛うじて掴まっている状況だった。
「……まあ、東と比べたって仕方ないし、別物と思っとくべきかもしれないわね。あたし達の目下の目的地は東だから、当分は関係無くなるかもしれないけど」
「いっそそのまま、アデン辺りまで出てみますか?」
「そこまで行ったら船で北上したくなりそうね。一旦北に行って、季節風に合わせて戻ってもいいし……」
 海流の無いインド洋では、季節風が航海の要だ。アラビア半島の南からであれば、沿岸航海でインド西岸に到達した辺りで風向きが逆転する。
「あ、でも、アデンから南下するのも一つの手ね」
「東アフリカですか」
「あたし、行った事無いのよ」
「紅海からインド洋に出た時点で、どっちの季節風の時期に当たるかですね」
「……つーか、あの……一応ココ、地中海の西なんスけど」
 完全に関心がインド洋へ飛んでいる二人に、後輩は半ば呆れ返った。





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