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「ありゃ一体何事だ?」
「ああ……見習いの奴じゃないっスか? 護衛してた商船が海賊連中に殺られたとかってハナシでしたけど」
 地中海内部と違い、ジブラルタル海峡から北アフリカ西岸にかけての一帯は海賊の頻出海域である。特に狙われるのは、グラナダ王国とモロッコとを往復する商船だ。海峡がある――二つの陸地が海を隔てて接しているという事はつまり、船の取る航路が限定される。そしてどちらにとっても、補給の為の港が近いという事を意味している。ジブラルタル海峡の最狹部は約十四キロ。晴天時には対岸を肉眼で視認できる。
 この時代、ヨーロッパでは海賊行為は犯罪ではない。むしろ、私掠船による略奪も商業行為の一つだ。命懸けで戦い、財産を得る行為だという訳である。最も、それ以外の要因が全く無いとは必ずしも言い切れない。ジブラルタル海峡付近に出没する海賊の多くは、イスラム商船を狙うキリスト教徒の私掠船だった。
「相変わらずいるもんだな、ああいう奴は」
「自分が霊尹使ってコトに慣れてないんスねェ」
「……慣れる慣れねえの問題じゃねえだろ」
 天掟を護る霊尹使にもまた、彼らの掟がある。霊尹使が戦う相手は虚。よって魂魄に直接ダメージを与える事になる斬魄刀を、人に向ける事は許されない。虚から護る霊魂に、貴賎善悪の別はない。例えどんな人間であろうとも、襲われていれば必ず助ける。そして人間同士の争いに加担してはならない。戦争は言うに及ばず、隊商や船舶の護衛に就いている時でも、虚以外の襲撃に反撃を加える事は許されない。可能なのは、最低限の自衛のみ。
 また、人間社会の争いに一切加担しないのが霊尹使だが、戦時には各国軍隊にも、敵軍ではなく対虚の戦闘員として霊尹使が雇われる。自分とは無関係な人間社会での事だと割り切れるならばそれで一切問題は無い。しかし、そうでない場合には、その経験は僅かながらでもしこりを残す事となる。
 霊尹使は、人より霊体に近いと言われる。言語の違いに妨げられる事の無い、自由な意思疎通。高い運動能力と戦闘能力。通常よりも明らかに長い寿命。
 これらは全て、持つ霊力とその修練によるものだが、寿命に関しては人によって差が生じる。しかしそれでも、概ね百五十年から二百年。それに伴い、成長速度も遅くなる。
 その時点で既に普通の人間とは一線を画している上、霊尹使は意図的に人間社会から隔絶する道を取っていた。
 重なる二つの世界の隔絶と、重なるが故に必要な折り合い。霊尹使として修行を始める時期――人間社会との実質的な切り離しが、早い方が良いとされるのはこの為だ。その間にある段差に躓いた時、霊尹使は半端に人間へと引き戻される。半端な霊尹使が、虚との戦闘で生き残る確率はより低い。
「何かを得る時に代償として何かを失うのは自明じゃねえか。俺達が霊尹使になった代償は、人間社会との関係性だ。それが嫌なら辞めりゃいい」
「――霊力を代償に…ね」
 肩をすくめて、乱菊が言葉を引き取った。







2005年の冬頃に(確か)書いていた長編…になるはずだったもの。
挫折したので無かった事にしようと思ったんですが(…)要望が有ったので、纏めてUPだけしておく事にしました(笑


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