White Allegory


 低く、広く、澄んで明るい空だった。

 白い山。雪を乗せた冬枯れの景色が、青い中に穏やかに映える。普段は薄い筈の空色が、雲を払って強く晴れた。
 遮られない陽射しは、ぴたりと止まった風を通って、積もった雪をじわりと溶かす。濡れたように照る雪を踏むと、潰れた端に地面を晒す。

 ――鋭角が目立つ建物。アスファルトに覆われる乾いた空間を割り、どこか濁った水が下流へと流れる。
 雪は、無い。
 凍る寸前流れる風が、蕭然とした河原を静かに過ぎて、髪を揺らして肌を切る。
 ガードレール越しに河原を見下ろす姿。見付けた少年は、訝しげに足を止めた。
「ルキア、何やってんだ? ………――って、オイ」
 呼び掛けを、この上なく綺麗に無視して歩き始める制服姿の少女に、オレンジ髪の少年は眉根を寄せる。
「オイ、待て。ルキ…――」
「五月蝿いぞ、一護。周りの目が鬱陶しいから無闇に近付くなと言ったのは貴様ではないか」
「そりゃそうだけどな。あんなトコにぼーっと突っ立ってりゃ、気になるに決まってんだろ」
「そうか。だが貴様には関係無い」
 にべも無い。と言うか、取り付く島も無い。咄嗟に沈黙した後、一護は改めて歩き出したルキアの後を追う。
「――………何故付いて来るのだ」
「帰る方角同じだからに決まってんだろ。つーか、オマエはウチの居候だろうが」
「だから、無闇に一緒に居ると他の者に要らぬ邪推を受けると、散々私に言ったのは貴様だろう」
「ソレとコレとは別だろ」
「……貴様、今、とてつもなく強引な事を言っておるぞ」
 露骨に呆れた顔で、ルキアは一護を振り向いた。その、視界の端に樹影が映る。
「だからな。オマエは一体ナニ考え込んでたんだよ――…って、聞いてんのか? ルキア」
 明らかに他のものに目を向けている相手に眉を顰め、一護はその視線を追う。
「何だ。桜がどうかしたのかよ?」
「別に…何でも無い」
 幹と枝振り。そして何より、毎年咲く花の記憶が在るその樹は、どこか周囲から孤立したように立っている。
「だったら何で――……だから待て」
 いちいち図ったように歩き出すルキアに、ムキになる。
 追って一歩を踏み出す前に、ちらりと見遣った樹にあるのは硬い枝。蕾ばかりか、芽が出る気配すら無い。
「ルキア。オマエな、さっきから何だってんだよ?」
 だが、尋ねても一向に反応の無い後姿に、一護は軽く溜息を吐いた。
「あのな。何が気に入らねぇんだか、気になるんだかは知らねぇけどな」
「別にそういう訳では無い」
「そんじゃあ、何なんだ」
「此方は、雪が無いな」
 唐突な言葉に、一護は軽く瞬いて華奢な後姿を見直す。
「あ? そりゃ、滅多に積もらねぇけど」
「花も無い」
「冬だろうが、今は」
 いつだと思ってんだオメーは。
 呆れの強い口調で返る台詞に、ルキアは呟く。
「何も無いな」
 一瞬――瞠目して、そして一護は息を吐いた。
「花は散るぞ。雪は融けるだろうが」
「そうだな」
「俺やオマエはそうじゃねぇだろ」
 予想外の言葉に、ルキアは足を止める。
「花は咲くぞ。雪だって、行くトコに行きゃ、積もってんだろうが。…――けど、そういうモンじゃねぇだろ」
「そういう、ものか?」
「少なくとも、そう簡単に散ったり融けたりはしねぇだろ。けどな。んな辛気臭ぇ顔してると、オマエもそうなっちまうぞ。――歳からしたら、もう婆さんだしな」
「な、失敬な……っ!」
 勢い良く振り向く。途端に、至近に居た相手に驚いて大きく下がった。
 その肩を掴んで、一護はルキアを間近に引き寄せる。身長差を縮めて、無愛想な表情のそのままで、大きな瞳を覗き込んだ。
「だから、細かい事で無闇に悩むんじゃねぇ。それとも――…」
 にやりと笑う。
「寂しいっつって向こうに帰るか?」
「ばっ……たわけっ! そんな子供のような事……大体、私が見張っておらねば、貴様は直ぐ独りで突っ走って無茶をするではないか! そう易々と里帰りなど出来る筈無かろう!」
 目一杯激昂するルキアから顔を離して、その如何ともし難い身長差を不機嫌に見上げる彼女に目を落とす。
「だったら、帰るぞ。――ウチに」
 むっつりと落とした沈黙の中に了解の意を取って、今度は一護の方から歩き出す。
「……おーい、ルキア」
「五月蝿い。聞こえておるわ」
「んじゃ、さっさと来いよ」
「貴様の歩く速度が早過ぎるのだ…! どうせなら、もっとゆっくり歩け!」
「へいへい……」
 歩み去る二人。
 見送る枝を、冬の風が揺らした。







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