Jours Ordinaires


 メトロ1号線、サン・ポール駅から北に向かったマレ地区の中……と言っても別に地図と睨み合っている訳では無いので、感覚は何となく。とにかく、パリ市内の割と中央でセーヌ河の右岸(北側)。
 メトロの乗車券まで地味に値上がりしている昨今のパリ。しかも中心部では実に貴重な、一杯2ユーロのコーヒー。石畳のオープンスペースに散ったテーブルの一つで、向かいに座った相手のカップには、やはり2ユーロの紅茶。カフェオレばかりでは胃が痛くなると言いながらのオーダーである。紅茶が欲しければ英仏海峡渡ってイギリスに行け、と言おうかと思って止めておいたのは秘密だ。何と言っても、ヒースローまではシャルル・ド・ゴールから飛行機で一時間と少し。せいぜい東京から関西方面程度なのだが、何しろポンドは未だに高い。ユーロは急落しているというのに。
「お、雀が来たぞ。一護」
「ああ……っつーか、相変わらず鳥が多いな、ココは」
「そして相変わらずこちらの雀は日本と違ってガラが悪いと言うか、模様がキツイと言うか……雀の癖に、貴様にそっくりだな!」
「オイコラ、ルキア。ちょっと待て」
 ツッコまれるとは分かっているが、反射で眉を顰めたせいで、更に人相が悪くなる。
「何だ。不服か?」
「当たり前だ! 誰がスズメと比べられて喜ぶんだよ」
「ううむ……まあ、そうだな。確かに貴様は此奴らほど愛想が良くはないな」
「お前、さっきそいつらの事ガラが悪いって言ってなかったか?」
 並び立つのかよ、その要素。
「では、図々しいと言っておこう」
 中のカフェからサンドイッチを持って外に出て来た客の許へ続々と集結していく目聡い雀の集団を目で追って、ルキアは重々しく言い直した。
 どうでもいいが、余計に褒め言葉になっていない。
「つーかテメエ、一瞬でもそんなのと俺が似てるとか思うんじゃねえ」
「貴様がそういう顔をするからだ。ホレ、また眉間に皺が寄っておるぞ」
 身を乗り出すように手をのばしたルキアが、人差し指で一護の眉間を軽くつついた。表情からすると、多分、宥めているというより面白がっている。
 一護は、咄嗟にその細い手首を掴んだ。
「え、……ぅわっ、いち――」
 手首を強く引かれ、バランスを崩しかけてルキアが慌てる。隙間に雑草が生え、緩く波打っているような素朴な石畳の上で、金属と木製の椅子がガタンと音を立てた。近くのテーブルから、一瞬驚いたような視線が集まって、やがて微笑ましげに逸らされる。それを努めて無視すると、一護は目前の相手に意識を集中させた。
 沈黙が続き、吐息が離れる。
「――……っな、ちょっ…一護……!」
「何だ?」
「な、何だではない!」
 無意識にか、触れ合ったばかりの唇に手を遣って、非難の声を上げる。行為自体にではなく、それを突然された事にだろう。ちなみに、何を、と野暮な事は訊くものではない。
「嫌だったのか?」
「いやその…そうではなくて、吃驚したではないか!」
「じゃ、許可取ればいいんだな?」
「は? だがあの、人が……」
「別にいいだろ。日本じゃねえし」
「そういう問題か! …って、待……っ」
「――うおっ、危ねぇ!」
 一護の左手が、紅茶の半分残ったマグカップを倒れる寸前で掬い上げる。右手は、ルキアの腕を掴んだままだ。
「お前な。危ねえだろ。暴れるな」
「誰のせいだと思っている!」
 椅子からずり落ちかけた身体をテーブルに置いた手で支えながらルキアが睨む。体勢のせいで迫力に乏しいが、一護は大人しく手を離した。そのまま無言で席を立つ。
「一護……?」
 椅子の傍らから見下ろすオレンジの頭を半ば仰向くように見て、ルキアは当惑気味に声を掛けた。隅に置かれたテーブルで、殆どのテーブルから背を向けた席に座る彼女。一護がそうして立つ事で周囲の視線から完全に隠される。
 そして頭上から、知らない人間が聞けば不機嫌極まりないとしか聞こえない声が降ってきた。
「他から見えなきゃいいんだろ?」
「……この、莫迦者が」
 一護以上に不機嫌に聞こえる声が、呟くように低く応じた。
 覆い被さるように屈んだ影が、僅かに身体を捻って仰向くルキアの上に濃く落ちる。右手の置かれた椅子の背が、微かに一護の体重を感じて音を立てた。







えーっと…何故甘い話になってるんだろう…。




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