Memories in my Heaven
白い床に、切り取られた日溜まりが落ちる。明暗でしか変化の付かない白い部屋。雲の形と空の色以外に変わり映えのない景色。
執行の時。我が身に下される死の宣告は明確に近付いている。だが、残り少ない時を惜しむより、独り思考を巡らせるしかない時間の膨大さの方が息苦しい。
夕暮れでも無いのに、赤く染まった空。戦いの存在を主張し、なのに速やかに消され行く痕跡。
――何故……。
考えても仕方の無い程に繰り返した言葉が、思考の水面に浮かび上がる。白い着物の端を握り、ルキアは呻いた。
「何故来たのだ――……一護」
床の上に身を横たえて、高過ぎる天井の暗がりに視線を泳がせる。瞳は、何も映していない。
浮かぶのは、あの日々の空。
月を背に、地獄蝶を供にして降りた街。
星空を侵す筈の地上の光は少し緩い。月影はやけに明るかった――。
※
背に負った大刀を揺らし、白い道を蹴る。駆けて作る風が揺らす橙の髪。
白壁と黒の甍。呆れる程に似たような建物ばかり続く石畳の道。その先に聳えていた白い塔。
其処もまた、腹が立つほどの青空を背景に、白いばかりの建物が続く。
ただ一心に駆け抜ける。縮む気のしない距離を必死に手繰り寄せながら。
思い出すのは、あの日々の空。
夕暮れ。大して眩しくない夕日に照らされた路上。其処で、女の子の幽霊を除霊するなんて世間様から見れば普通じゃない事をする。
そんな、普段通りの日。
月夜だった事とか。夜になって出て来た風とか。その瞬間までは気付いてなかった。
ひらりと舞い込んだ黒揚羽。音も無く現れた黒い着物の女。
『私は――…死神だ』
僅かにぶれる、見ていた世界。多分、その瞬間から変わり始めていた。
『家族を助けたいか?』
気持ちばかりが募って、だけど成す術も無かった俺に、初めて手段が示される。
『貴様が、死神になるのだ』
迷いも恐れも確かに在った。だけど、覚悟を決めた。
自分が死にかけてる癖に、俺の心配してる家族。初対面の癖に、体を張って俺を護ってくれた死神。流れされる血の方が、自分が流す血よりもずっと痛い。
その痛さを前にして、選択を天秤に掛けるのが馬鹿みたいだ。
『死神、ではない。朽木ルキアだ』
護る力。覚悟。弱さと強さ。他のいろんなものも、結局は、こいつが全て教えてくれた。
零れ続ける砂は止まらない。落ちる速度を速めても逆は無い。止めるには、勝手に刻限を定める砂時計を粉々に砕く他は無い。
困難だとか危険だとか自分の命とか。そんなものを挙げれば切りが無い。その筈なのに、躊躇いは無かった。ただ、力の無い自分が悔しくて、護りたいのに護れない自分が歯痒かった。
後悔は、この先だって何度でもするだろう。だけど、あんな後悔は二度としたくない。
※
日常茶飯事の喧嘩。同級生との他愛無い会話。学校に通って、勉強をして、日々に一喜一憂する。何がそんなにも楽しいのか、考えると逆に分らなくなりそうな平和。
本当に、下らない日常。
そして、其処に混じり、溶け切ること無く存在する非日常。
本当なら、一生関わる事など無かった筈なのに。
「全て、私のせいだったのだぞ?」
巻き込み、傷付けた。だから恨んでいい。忘れてしまっていい。
ただ、あの空の下で生きてくれ。私が現れる前のように――。
「一護……」
貴様の居る空は此処ではない。
「ルキア……」
お前が笑えないなら、こんな青空に意味は無い。
「私の中には、何も残っていないよ」
私の心は、あの空に攫われてしまったから。
「俺の前から、勝手に居なくなったら許さねえ」
俺の誓いも、自分の居た世界も、全部纏めて持って行きやがって。
だから、
だから、絶対、
「死ぬな……一護」
「死なせやしねえからな……ルキア!」
祈りと誓い。願いと望み。
空は、孤高の高さ。全てを拒むようなその色に、二つの思いは向けられない。
思うのはただ、心に浮かぶあの日々の空。
私的原点回帰。――…イヤ、どちらかというと私は第二話の時点で既にイチルキでしたが(…)