Night fell, Light faded
満月。都会では気付くのも難しいその日を知っていたのは、単にテレビでそう言っていたから。
日の落ちた空を捜すまでもなく、月は無い。
地上は、変わらず人工の光に満ちている。
何と言う事の無い虚を倒し、ついでに襲われていた整を魂送して、死神代行の仕事を片付ける。
何故か、物足りなかった。
夜になって落ちた気温。痛みに近い冷たさで風が突き刺さる。霊体なのに、そう感じてしまう。
ビルの上から、更に上を見上げた。
濃藍色の夜空なんてものは、此処には存在しない。黒い空。いや、黒ずんだ色。多分、絵の具を全て混ぜ合わせればこうなるんだろう。それを厚く雲が覆って、奇妙に灰色がかった夜。
何処までも中途半端なものしか、この目は映してくれない。有色も無色も、全てが物足りない。
仰ぎ見て思う。何かが欠けているのは、空なのか、それとも……――、
「――………」
一瞬、口にしそうになった名を呑み込んだ。
此処に居るのは俺一人。独りだから、声に出してしまえば誤魔化しが効かない。誰かに弁解して、自分に言い聞かせる事が出来ない。
「クソッ…何なんだよ……」
舌打ちをして、悪態を吐く相手は自分自身。
そう、分かりたくないのは自分。知っている癖に、知らない振りをする。気付いているのに、気付かないよう押し込める。
普段は通用している思い込みが、こんな時は通用しない。だから嫌なんだ。
「早く、帰って来いってんだ……」
そうして、何の解決にもなっていないのに、それだけは素直に言える。アイツならきっと、この曇りを払ってくれる。
そう、アイツが傍に居れば、こんな気分にならずに済む。いつも通り、普段通りに、笑ったり、怒ったり、喧嘩したり、下らない話をしたり。俺と、他の連中と一緒に。
それだけでいいんだ。それだけで十分な筈なんだ。
自分自身に暗示を掛ける。
嘘にしたい訳じゃない。だけど、認めたら何かが終わって、全てが変わってしまう。確信じゃなく、それは畏れ。
こんなに臆病になってんのは、俺らしくない。アイツが信じてくれてる俺じゃない。
でも……だから、認められないんだ。
「今、何してんだよ?」
訊く術が無いのがもどかしい。
「とっとと帰って来い」
あの腕を掴んで、家まで引き摺って帰れる距離なら良かったのに。
「なあ、……」
名前を、心の中に静かに落とした。
足元で水が撥ねる。速やかに、重なり合って聴覚を侵していく音。死覇装に滲み込んで、纏った布が重たさを増していく。
雨。
「ホラ、降ってきたじゃねえか」
誰のせいでもないのに、アイツのせいにする。
冷えていく身体の中で、何度も名前を呼び続ける。
心が、焼けるように熱い。
『今宵、月が見えずとも』を、何となくイメージ。