I'm with you
いつからだろう。この一歩を躊躇うようになったのは。
こちらと現世を繋ぐ路への扉。視界を横切って、ふわりと傍らを漂う地獄蝶。
やや手間取っている開門処理作業から目を離し、視線を少し上向けた。
晴れ。雲は少し多いが、日に照らされて色は明るい。澄んだ空は高く、地上には、褪せた紅葉の名残が散り残る。
少しだけあちらと似ていて、そして全く別の世界。幾ら目を凝らしても、彼らの見る空は見えない。
現世に居る、仲間達の姿を思い出す。ほんの数日離れただけで、何故か懐かしく感じてしまうのは、単純な距離測では表せない二つの世界に分かれているからだろう。
自分も彼らも、未だ、別れる時には無い。
だが、その瞬間はいつか必ずやって来る。
その後、また巡り合う事が出来るかもしれないし、二度と道は交わらないかもしれない。予測も選択も不可能な未来。
仲間、と括るのは意図した意識。なのにいつでも、たった一人は明らかに強い印象で浮かんで来る。
「―――……」
無意識に呼びそうになった名を、声にする寸前で押し留めた。
これで何度目だろう。同じ事を繰り返すたび、危うい――と、己を戒める。周囲に人が居るせいではない。ただ、意識の奥から表層に浮かび来る自然さは、偶然で結ばれた不自然な関係に相応しく無い筈なのだ。
いつかは異なる世界に離れてしまう。在るべき場所へと還っていく。
――それでも、心は一緒に居る。貴様の中に居て、いつでも共に戦っているから。
気休めでしかないけれど、そう言おうと決めていた。告げるのを許してくれるなら。
それ以上は言えない。それ以上は言わない。
人と人の間に境界線が在るかは分らない。でも、人と死神は違う世界のもの。
ただ、それだけ。
あちらの世界へ渡る為に踏み出す一歩は、別れへと近付いて行く感覚に酷く似ている。短いのか長いのか、不明瞭で不安定な道程。ただ、終わりがある事だけは知っている。
だから躊躇う。ほんの僅か。ほんの少しの間だけ。
懼れて進まなければ終わらない……。そんな筈は無いのに、錯覚でしかない考えが、一瞬浮かんで消えていく。
だけど――、
どちらであっても終わるのは同じ。だから私は前へと踏み出す。何かに流されるのではなく、己自身で近付く方を選ぶ。
私に出来るのは、ただそれだけの事。
それでも、自分の足で進むから。自分の言葉で告げるから。
いずれ、貴様を置いて行く私を赦してくれ。
いつか道が途切れ、閉じた扉が過去のものになったとしても、物思いが消え去る事など無いだろうけど。
貴様が晴らしてくれたこの空を、精一杯守って生きるから。
落ちる影ではなく、鮮やかな太陽を見詰めているから。
だから今だけは、この身体とこの心を共に併せて傍に居る。いつの日も、自分を照らす光で思い出せるように……――。
「開門処理、完了致しました!」
鬼道衆からの呼び声に、視線と意識を引き戻す。
開く扉、繋ぐ路。そのずっと先に、奴が居る。
懼れから来る揺らぎを静め、一歩を踏み出せば、いとも容易く心は躍った。
また、逢える。
それだけを思い、私は路を駆けて行く。
いつかは終わってしまう日々だから。せめて、一瞬でも長く。
少しでも強く、貴様の心に残っていられるように。