Before Daybreak


 気温差で白く濁った硝子に手を添わせる。痛いような感覚が指先に広がって、溶けた曇りが水滴になって滑り落ちた。
 電線を揺らす風の音が、窓を隔てて耳に残る。
 耳慣れた音が階段を上って、部屋の扉が開いた。開けた途端、呆れたような声を上げる部屋主。
「ルキア。お前な、着替えたなら下りて来いよ。何で俺の部屋にいるんだ」
 しかもベッドの上。
「貴様を待つのだから、下でも此処でも違いは無かろう。それより、まだ行かぬのか?」
「今準備してんだろ」
 ついさっきまで、階下のリビングで行われていた『黒崎家年越しパーティー(略称)』に参加していた二人。これから某クラスメートが企画した、『真夜中の初詣と初日の出を拝むツアー』に出発する所だった。
 熱心に誘われたルキアもだが、初詣終わって夜明けまで何処で何するつもりだとか冬の夜中に外出るなんて凍死する気かとか、憎まれ口を叩きながらも参加する一護は、結局のところ面倒見が良いのだろう。
 ベッドの上のルキアは赤いマフラーとファー付きの白いコート姿。ジャケットを着込みながら横目で眺める一護が、似合っていると正直に褒めるべきか、散々迷っているのには多分気付いていない。
「ホラ、準備出来たぞ」
「ああ。では、そろそろ出るか」
 部屋の電気を消し、ルキアを先に立たせて階段を降りる。
「お前、手袋は?」
「大丈夫だ。ちゃんと持っておる」
 ホレ、とコートのポケットから引っ張り出されたのは、マフラーと揃いの濃い赤の手袋。
「コートもマフラーも、井上と有沢が見立ててくれたのだ」
「へえ、良かったな」
 ウサギ柄とかガキっぽいセレクトにならねぇで。
 ぼそりと付け加えた科白に、予想通りにルキアが噛み付く。適当に躱してからかう一護。そのまま賑やかに玄関までやって来た二人の背中に、冷静な声が掛かった。
「そこの二人。出掛けるからって夜中にイチャ付かないでよ」
「うお、夏梨……ってか、イチャ付いてねえ!」
「あー、ハイハイ。そうですか」
 反射で赤くなる兄の反論を流すと、双子の片割れはにやりと笑う。咄嗟に感じた嫌な予感に違わず、取りようによってはかなりアレな科白を吐いた。
「じゃ、一兄。二人揃って朝帰りすんのは良いけど、あんまり遅くなんないでね」
「朝帰……おまっ、誤解を招くような言い方すんじゃねえっ!」
「何。大した違いは無いじゃん」
「十分有るわっ!」
「まあ、とにかく、ちゃんと帰って来てよ?」
 遊子のおせちとお雑煮が待ってんだから。
「あ、はい」
「だから何なんだよ、その言い方!?」
 心臓に悪い妹の発言の数々に律儀に反応しながら――と言っても一護だけだが――それぞれ、スニーカーとショートブーツに履き替える。
「それでは、行って参ります」
「いってらっしゃい」
 未だに家族には猫被りの気が残っているルキアが、丁寧に言って玄関を出る。それに続こうとした一護を、思い付いたように夏梨が呼び止めた。
「あ、一兄」
「何だよ……」
「褒める時にはちゃんと褒めないと駄目だよ。鈍いんだから、あんな言い方じゃ分かんないって」
「何が」
「だから、あーゆう時にはさ、『大人っぽくて似合ってる』でしょ?」
 ウサギ柄が云々じゃなくて。
「じゃ、ごゆっくりー」
 色々な意味で絶句した兄に、夏梨はひらひらと手を振ってみせる。一拍置いて、無駄に乱暴な行ってきますと共に、力一杯ドアが閉まった。
「若いねぇ……一兄も」
 小学生の妹にしみじみと言われている事など、無論兄は知る由も無い。

「星が出ておるな」
「ああ。この天気が朝まで続いてりゃ、見えるかもしれねえな。初日の出」
「そういえば、浅野から聞いておらぬのだが、初日の出は何処で見るのだ?」
「……知らねえ」
 ってか、自分に任せろとか言ってたけど、大丈夫なのか? 啓吾のヤツ。
「では、行ってからのお楽しみ、と言うやつか」
「変なトコじゃなきゃいいけどな」
 件の友人が聞けば、信用の無さに泣きそうな科白を吐いて、一護はふと隣を歩く連れを見遣った。
 行き際に妹から言われた言葉が脳内でリフレインする。
「――ルキア」
「何だ?」
「あ、イヤ……」
 見上げる瞳から目を逸らして口籠った。
 ――あんなセリフ、言えるかってんだ畜生……。つーか、そんなん俺のキャラじゃねえ!
「一護?」
「え、あ……」
 訝しげにルキアが繰り返し、咄嗟に一護は別の話題を捜す。
「だから、一体何だというのだ」
「あ、あのな」
「ああ」
「さっき、家族でしなかっただろ。新年の挨拶」
「そうだな」
 家族揃って大晦日お馴染みの歌番組を見て、蕎麦を食べ、ゲームやらで盛り上がり、しっかりカウントダウンに迷惑な話だがクラッカーまで鳴らしたというのに、「明けましておめでとう」の挨拶は無かった。
「言わねえ理由、聞いたか?」
「確か、朝になるまでは本当の元旦ではないから、朝起きてからするのだと妹達が……」
 いつどうやって決まったのか定かではないが、何故か忠実に守られている黒崎家の伝統。
「それが、どうかしたのか?」
「だから……朝って事は、日が昇ってからって事だろ?」
 首を傾げるルキアに、妙に緊張しながら一護は続けた。
「一緒に初日の出見るんだから、お前が最初に言ってくれよ。その……新年の挨拶」
 目を逸らしたまま言い切った一護を見上げ、ルキアの瞳が僅かに揺れた。
 何故だか、凄く嬉しい。
「……オイ。返事はどうした?」
「あ……わ、分かった! では貴様も、私に最初に言うのだぞ! 他の者に抜け駆けされぬようにな!」
「イヤ、抜け駆けって何だよ」
「五月蝿い! 最初と言うのだから、貴様が一番最初でなければ意味が無いであろうが!」
 多分、勢いで言っているのだろうルキアの科白が、一護にとっても嬉しかった。
「じゃ、そういう事で決まりな」
「うむ」
 寒空の下、歩く二人の行く先で、友人達が手を振っている。気付いて、お互い促すように駆け出した。
 賑やかな声が、夜の街に響く。


 そうして、浜辺で初日の出。という、メンバー全員から総ツッコミを受ける程ベタなセレクトをした啓吾が、ルキアに飛び付きつつ新年の挨拶をしようとして一護に全力で蹴倒された。というのは、また別の話。

「あー…ルキア。その、明けましておめでとうゴザイマス」
「うむ。……明けまして、おめでとう」

 ――今年も、宜しくお願いします。











新年第一号。書き始めたのは年明けてからです。執筆時間最短かもしれない…。


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