Lovers at the Front


 閃光。瞳を灼き、爆音が聴覚を麻痺させる。爆風と爆発。衝撃波が地上を浚って、土砂を高く巻き上げた。
 降り注ぐ地面の欠片から、身を躱す。
 其処此処で舞う砂埃に、視界が白い灰色に霞む。
 ちらりと動く影。彼に向かう殺気と敵意。
 視覚で捉えるよりも更に早く、漆黒の刀身を翳した。
 振り下ろすのと、夜空を掻いた月に似た黒い牙が放たれるのは同時。
 そして、もう一つ。
 翻る刃は純白。白い結界が天地を貫き、背後から彼に殺意を向けたモノを氷の中に消し去った。
 凍った大気ごと砕けて、落ちて行く砂。
 清廉な気を一瞬だけ創り出し、傍らに降り立つ彼女。
「ルキア」
「一護」
 視線が交わる。瞳が強く互いを映し、そして外れた次の瞬間。
『次の舞・白漣――!』
 波濤が突き抜け、
『月牙天衝――ッ!!』
 刀刃が、斬り裂いた。
 一気に晴れた視界の周りで、それでも剣撃と爆音が絶える事無く延々と続く。
 限りが無い。終わりが見えない。
 死は生まれ続けているのに、時は幾らも流れない。積み重なって、腐ってしまわないのが不思議な程。
 息を吐いて、一護は隣を見遣った。
 黒髪が、血生臭い風に重たげに揺れている。連戦に、僅かに上がった息を整える咽喉。普段よりも濃く、血色が象牙色を透かして皮膚を染める。
 その姿を瞳に映した途端。内から湧き上がり、思考を断つ――衝動。
「――ルキア……っ」
「……っ!?」
 呼ぶと同時にルキアを抱き寄せ、口付けた。驚愕で緩んだ口の隙間に舌を押し込む。
 二人の感覚では一瞬に近い。その瞬間だけ、強く互いを感じた。
「――……一護……?」
 怪訝に見上げる、問う視線。応える彼に浮かぶのは、何処か不穏な笑み。
「あのさ。……オマエ、俺の傍以外の場所で戦うの、禁止な」
「何故だ?」
「殺される奴に一瞬だけ見せんのが、ギリギリ許容範囲って事」
「意味が解らぬ」
「まあ、俺も指摘してやるのはイヤだけど。そういうのは俺だけの秘密にしときたいし」
 けどな、
「――戦ってる姿が色っぽいって、どういう事だよ?」
 敵を射る眼差しも、斬魄刀を呼ぶ声も、舞うように翻る身体も。
「誘ってんのか?」
「……とんだ濡れ衣だな」
 呆れたように流そうとするルキアを、片腕で捕える。
「俺にはそう見えんだよ」
「戯けた事をほざいておらずに真面目に戦え」
「オマエ、ソレ本気で言ってんのか?」
 白い敵。黒い味方。
 信念、正義。理性に、近いようで最も外れた旗の下。戦場という異常地帯。
「……つーか、良くこの状況で真面目に出来るな」
「ふざけて死ぬより、真面目に戦って生き延びる方が利口だろう」
 戦場に在るのは生存本能と闘争本能。
 呑み込むか、呑み込まれるか。
 何を求めて、何の為に――というのは、只の前提。
 本末転倒。手段が目的に代わるという証左が此処に在る。
「なあ。もういっそ、こいつら躱して先行きゃいいんじゃねえの?」
「たわけ。そのような事をすれば、先で別の敵と戦闘している処を背後から挟撃されるわ」
「んじゃあ、あの敵連中は殲滅…――」
「させずとも良いが、組織的な抵抗を不可能にするくらいはせねばな」
 するりと腕の拘束から抜け出ると、ルキアは遙か前方を指さした。
「向こうの大きな建物だがな。現在の敵の出撃拠点で防衛線の要だ。陥とせば――」
「どうかなんのか?」
「次の防衛線まで障壁が無くなる」
「…――さっきまでと同じじゃねえか」
「ついでに、あそこが此方の出撃拠点に早変わりだ。位置的にも都合が良いらしい。だからまあ、あちらも必死に防戦する訳だがな」
「で?」
「つまり、陥とすのは少々難儀だが、やってのければ……」
「少しは休む時間が取れるって?」
「そういう事だ。どうだ。少しは真面目にやる気になったか?」
「つーか、休めんなら、寝床ともう一つ重要なのが欲しいんだけど」
「何だ?」
「そりゃ勿論……」
 オマエ、と視線で答える。不機嫌に、彼女は肩を竦めた。
「失敬な。私は戦功のオプションか?」
「冗談言うなよ。――オマエが本命、そっちはオマケ」
「どちらにしても不謹慎だな」
「ウルセ。つーか、自分が受け取れるかも分かんねえような慰労金だの褒賞だのを目標にするより健全だろうが。俺は普通に健全な男子高校生なんだよ。戦場で敵ぶった斬ってても、目の前に好きな女がいりゃヤリたくなるんだよ」
「それが堂々と言う事か?」
「事実だっつーのに」
 軽く肩に触れ、一護は覗き込むように訊いた。双眸が、常とは異なる光を宿している。
「なあ、ルキア。いいだろ?」
 多分此処では、麻薬じみた狂気に浸らなければやっていられない。
「……そうだな。貴様の戦功次第、と言った所か」
「結局ソレかよ」
「生憎、私は貴様の目付け役でな。下手に点数を甘くしては、贔屓と取られて私自身の評価に影響するのだ」
「わーったよ。やりゃいいんだろ、やりゃ」
「漸くその気になったか」
 涼しい視線が、性格悪ぃ……と呟く一護に、それが悪いかと言いたげに向いた。
「……チクショ、後で覚悟しとけよ」
「おや、何か言ったか?」
「別にー?」
 ワザとらしく流すと、顔の前に左手を翳す。
「んじゃ、俺があそこに一番乗りな! ……ルキア、目付け役だってんなら俺から離れんなよ!?」
「無論、貴様の後ろからしっかり督戦させて貰う。――ああ、それと、建物を全半壊させるのは止めておけ。部分損壊までならともかく、それ以上だと後で上に怒られるからな」
「……面倒臭ぇ」
「文句を言うな」
「へいへい……――そんじゃあ…行くぜッ!」
 自ら眼前の空間を掻き切る仕草。現れる仮面と黒い霊圧。
 虚空を蹴り、疾駆する漆黒。その後背を護るように続く純白。

 色ばかりは鮮烈に、濁った世界を斬撃が奔った。











リクエストの「強気な一護」を書こうとして、完全に方向性を間違えた代物。
当然ながらリクとしてはボツにして、これはこれと開き直ってそのまま書き切りました。
強大な敵の本拠地に少数精鋭で殴り込みをかけて通用するのはバトル物少年漫画だから当然ですが、
あれだけ戦いの中に身を置いて、普通にきちんと高校生も出来ている一護は改めて考えると相当凄いと思います。
一護は、キレたらきっと白一護より怖いような気がする…。



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