Nothing springs from Nothing- II


 一般的な意味のものでは絶対に無い『告白』。ルキアからのそれは、普通の意味での『告白』よりは理解出来る。だが、何故か納得出来なかった。
 ――ってか、どうせならチョコ渡す時に言いやがれ。第一、何でこんな妙な気分になってんだよ俺は。
 何をどうすべきか全く分からないまま、完全な惰性で歩き始める。何処に行くつもりで歩いていたのか、正直言って思い出せないのだが、延々と立ち尽くしているのも変だろう。
 助けられた。信頼出来る。そんなのは俺だって思ってる。いや、多分それ以上。ルキアは俺に護る為の力をくれて、いつだって俺を信じて、俺を助けて、護ってくれた。
 だけど、納得がいかなかった。それだけじゃないだろう、と思う。
 雨の日の記憶。共有は出来ないけど、何となく通じ合える過去。そんな、単なるシンパシーでもない。
 俺とルキアは、俺とルキアで。俺が居るなら、ルキアが居るのは当然で。ルキアが危なければ俺は何処へでも助けに行くし、俺がどうかなってしまいそうな時はきっとルキアは助けに来てくれる。
 そう思うのは、理屈じゃない。
 単なる理屈で言える次元を、この感情は超えている。
 ルキアの、取って付けたような説明と、微妙な言い回しを思い出した。俺が引っ掛かったのは、彼女が理由を付けようとしていた所為。だけど、あんな言い方をルキアがしたのは、多分そうとしか表せなかったから。だけど、
 ――何で、今更?
 今更。言う必要が有るんだろうか。他の連中が邪推するような単純な関係では無くて、もしかしたらもっと深いかもしれない何か。それを今更確認するような真似をして、どうする気なんだろう。
 不意に、彼女が提げた袋を思い出した。
 死神のルキアが、尸魂界から届けられた物を現世の俺の家に持って帰る。不自然極まりない事を、自然だと感じていた自分に気付く。此処はルキアが本来居る場所では無くて、帰る場所は他に在る。当然それは知っていた。だけどそれなら、
 いつか俺の前から、ルキアが完全に居なくなる日が来る。
 ――……何だよ、ソレ?
 有り得ない。助ける為には、俺が行ける場所に居て、ルキアに何か有った事を俺が分からないと困るのに。なのに、
 ――俺が居るのに、ルキアが居ない。俺の傍にルキアが二度と帰って来ない。
 思った瞬間、身体の芯が凍りそうな気がした。
「そんなん、有り得ねぇ、だろ……」
 有り得る筈なのに、そうであるのが普通なのに。
「……無理、だ」
 どれだけ離れても平気なのは、必ず傍に戻って来るから。せめて助けたいと思うのは、大人しく護られてはくれないから。
 ルキアが存在しなかった世界を俺は知ってる。だけど、ルキアが二度と帰って来ない世界を俺は知らない。いつだって、ルキアは帰って来た。偉そうに仁王立ちして、不敵な笑みを浮かべて、真っ直ぐに立って。
 それが当然で。寧ろそれを前提に、今の俺の世界は回ってる。
 理由なんて無い。只、気付いた時にはそうなってしまった。だから――、
「……っ!」
 踵を返して、元来た道を走り出した。
 真っ直ぐ、家へ向かう道筋を辿る。全力で走っても、相応にしか縮まらない距離がもどかしい。
 家の前で、玄関に向かう彼女の姿を認めて、呼んだ。
「ルキア…――ッ!」
「一、護?」
 走り寄り、驚いて振り向く彼女の手から紙袋をもぎ取る。乱暴に開けたドアの隙間から玄関の中に放り込んでおいて、手ぶらになった腕を掴んだ。
「来い!」
「なっ……ちょ、待て。一体何…――」
 戸惑う声を無視して、早足で進む。回した指が余る細い腕の感触と、小走りに付いて来る足音。
「待て、一護! 聞いているのか貴様!?」
「うるせえ」
 乱暴に応じる。眉間の皺は更に深くなってる筈で、通行人が居れば何事かと思われただろう。
 別に行先は決めていなかった。単に話す必要があっただけで、それが家では無理だと思ったからで。だから、気付けば河原の近くまで来ていた。相変わらず人通りの少ないそこまで来て、ルキアが俺の手を無理やり振り解く。
「一護っ! 何なのだ一体!?」
「そりゃ、こっちのセリフだッ! 何なんだよ、さっきのは!?」
「なっ……」
 絶句する彼女を、振り向いた。
「ふざけてんのか、テメエは!」
「だ、だから、何の話だ!?」
「さっきのテメーの発言全部だ、馬鹿野郎!」
「それはっ……その、気を悪くしたのなら謝るが、別に一般的な意味での告白の意図は無いのだから――」
「知ってる! つーか当たり前だ、そんなもん!」
「ならば…――」
「好き、なんて、そんな言葉で纏めんな」
 考えて、違うと思った。違和感を感じたのも、何より其処。
「そもそも、他の連中と比べて少しだけって何だよ。俺と他の連中の違いはその程度か」
「なっ……少しだけだろう! 大体、貴様だってそうではないか。仲間が危なければ護るし、仲間に何かあれば助けに行くのは当然だ。それは、私も貴様も同様だろう! ならば、他に言い様があるか!?」
「だったら言うなッ!」
 肩に手を掛け、大きな紫紺の瞳を引き寄せる。
「言えねえ事をわざわざ説明付けて言うんじゃねえ! そんな簡単なモンで片付けんな! それとも、簡単に片付けときたいのかよ、オマエは!?」
「違う! 言えなくとも、言っておきたかったからだ! 私にとって、貴様は他の者とは違う。そう、口にせねば伝わらぬと思ったから言ったのだ! それをせめて、私が此方に居るうちに――」
「ふざけんなッ!」
「だから、ふざけてなど……っ」
「十分ふざけてんだろ! 何で居なくなる事が前提なんだよ!?」
「な、何故も何も、当然の事であろう!」
 言い返すルキアを睨む。何だかんだ言って、結局コイツは全然分かって無い。だって、
「俺にとってオマエは、こうやって俺の前に存在してて意味が有るんだよ! 何があっても俺の傍に帰って来るからオマエなんだよ! ――別に、何回アッチに戻ったって構わねえけど。ただ、必ず帰って来い。じゃなきゃ俺は認めねえ……!」
 自分が無茶を言ってる自覚はある。だけど、事実だった。それは多分、
「――ルキアが居ないなら、俺は俺じゃなくなる。オマエが居なくなったらなんて、考える気にもならねえ。オマエはどうなんだ?」
「……私は、只、貴様が貴様らしくあって、普通に生きてくれればそれでいい。傍に、居られればいいとは思うが……」
「だったら居ろよ」
 何かを思って悩むのは、コイツの良い所でもあるし、悪い所でもある。だから、言った。
「それでいいだろ。余計な事なんて考えんな」
「だが――だが、そうする理由が無ければ、可笑しいだろう」
「あのな。オマエは俺に何かあったら、何を置いても絶対に助けに来るだろうが。だから俺は、オマエを護れねえと凄ぇ悔しいし、護れねえ自分が情けないんだよ。そんでオマエだって、俺に一方的に護られんのは悔しいとか思ってんだろうが。なのに俺を助けに来るんだろ?」
 渋々と頷くルキアを、静かに見た。
「そうすんのは、別に『好きだから』とか、そんな理由じゃねえだろうが。俺が俺で、オマエがオマエだからそうするんじゃねえのかよ?」
「……そう、かもな」
「だから、それでいいんだよ」
 簡単に言える関係で片付けたりは出来ない。言葉だけでは説明し切れない。只、必要で。こうして居る事が当たり前で自然なだけ。
 ――だから、これでいい。このままでいい。
 ゆっくりと息を吐いて、一護、とルキアが呼んだ。
「あの、渡したチョコの意味だがな。日頃の感謝、という事にでもしておいてくれ」
「……殊勝過ぎて似合わねえ」
「ほう……では、三倍返しの事前請求にでもするか?」
「つーか、そういや何で三倍返しなんだ?」
「本命チョコのお返しは普通、渡した物の三倍だと聞いたのだが」
「すっげえ微妙な情報だな。――って、そういやオマエ、他の連中に本命チョコ俺に渡すとかって話したか?」
「いや、別段話した覚えは無いが……ああ、手作りのチョコは貴様用だとは言ったかな」
「あー、やっぱり」
「何だ?」
「イヤ、何でもねぇ」
「気になるのなら、皆に訂正しておくが」
 真面目に問われ、一瞬だけ考える。
「ま、別にいいんじゃねえの? 色々訊かれんのも面倒臭ぇし。つーか、正確に説明出来る自信あるか?」
「……いや、無いな」
 傾き始めた日に照らされる道を、何となく歩き出す。隣に並んだルキアが、思い出したように声を上げた。
「と言うか貴様、三倍返しを用意しておらぬだろう」
「……何で知ってんだ」
「貴様は甲斐性無しだからな。捻りも何も無いホワイトデー仕様のクッキーが部屋に買い溜めしてあるのを見れば厭でも分かる。ちなみに値段も把握済みだ」
「一般的な男子高校生に過剰な期待をすんじゃねえ」
「つまらん奴だな。本命チョコくらいにはちゃんと返礼したらどうだ」
「だから本命の意味違ってんだろうが」
「別に私とは言っておらぬ。告白の意味の方のチョコを渡した女子が居たであろう」
「告白されてもオーケーしなきゃ別にいいんだよ」
「そうなのか?」
「それ以前に、知らねえ相手からチョコなんて受け取れるか」
 というか、何でルキアは俺が別のクラスだか学年だかの女子に告白された事を知ってるんだ。
「何だ。小島がやけに面白そうに話していたから、受け取るだけ受け取ったのかと思ったが、違うのか」
「……オマエ、もうアイツの話は真面目に聞くな。変な事吹き込まれんのがオチだぞ」
「そうか? ――…処で貴様、先程は何処に行くつもりだったのだ」
「イヤ別に。単に何となく歩いてた。――ああ、ついでにこのまま駅前の甘味処でも行くか? 白玉くらいなら奢ってやるよ」
「ほう、珍しいな」
「本命チョコとやらのお返しは三倍なんだろ? ちなみに、家にクッキー有るから、それ差し引いた分な」
「細かい奴だな」
「文句言うなら食わせねえけど」
「いや、折角の申し出だ。遠慮無く奢って貰おう」
「だから、何でオマエはそんな偉そうなんだ」
「気にするな」
 俄然乗り気になったらしい現金な死神は、俺の手を掴んで引っ張った。
「さあ、とっとと行くぞ。遅くなっては夕御飯がちゃんと食べられぬからな」
「へいへい。了解しました」

 夕暮れまでは未だもう少し。そんな道を、二人で歩く。
 こんな当たり前が在れば、余計な言葉はきっと要らない。











リクエストより「じれったい甘めなイチ→←ルキ」です。
…とか言ったら怒られるだろうか…(をい)あの…駄目と言われたら再挑戦しますので…!
という訳で、大告白大会になってるのに本人達は完全無自覚。誰かどうにかしてあげて下さい。…という話になりました(待)
パラレルはともかく、原作沿いで書こうとするとこうなります。普通と全く違う意味で前途多難。なのに二人の間に他人が入り込む余地無し。
周りは、「もう理由とかどうでもいいからお前らとっととくっ付けよ」とか思ってるに違いない(…)



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