Under the Azure


 珍しく、雨の少ない四月。雨に落とされる事も風に散らされる事も無かった桜が、公園の隅で満開の枝を揺らしていた。
 見付けて、駆け出していく奴。それを見送って、ゆっくりと追い掛ける奴。二通りの反応に分かれた仲間達の中で、俺はどちらかと言えば後者だった。一人テンション高く突っ走って行った啓吾。連れ立って走って行く井上とたつき。笑って眺めながらのんびり歩く水色に、表面上は相変わらずのままそれに続くチャド。そして――、
 視界の中に居ない事で、そのどちらにも属していない奴がいる事に気が付いた。
 正確には、それは一人じゃなく、
「いいな」
 ぽつりと落とした声が、後ろから聞こえた。
 何気無いようで、だからこそ聞き逃せない言葉。振り向こうとした瞬間、違う声に思わず動きを止める。
「君も混じればいいじゃないか」
「…――そういう意味では無いのだが」
「それじゃ、何を羨んでるんだい?」
「別に、羨むなど――…」
 言い掛けて、否定しようとした声が半端に消える。ルキアが零した僅かな吐息まで、何で俺は聞き取っているんだろう。
「いや……そうかもしれぬな。皆の持っているもの全て。無邪気なのもひたむきなのも」
「それは詰まり、自分はそうじゃないって事かい?」
「実際の処、違うからな。このような姿をしていても、私は…――」
「死神だ、って?」
「それだけでは無いよ」
 苦笑のように声が続いた。
「だから、彼奴らが羨ましい。羨ましく、懐かしい。もう、あんな風には出来ぬから」
「……そんなものかな」
「ああ。貴様も含めて、な」
 視線の先からは、賑やかな呼び声。なのに、後ろで交わされる妙に静かな会話が何故か大きく耳に響いて。――結局、そのまま振り向く事が出来なかった。

    ※

 一人の部屋。何故か所在が無い気がして、気分を紛らわせる為に手近な雑誌を開く。ルキアの気配は階下に在って、遊子と夏梨と親父の気配が傍に在った。
 最近、ルキアはウチの家族と一緒に居る事が増えた気がする。俺の部屋に来ないという訳じゃ無く、単に居座る時間が減った。部屋から追い出すのに苦労して、何かと言うと喧嘩になっていた頃が嘘のように。
 だから自然に、昼間聞いたあの遣り取りが蘇る。
 俺達の中でも、あの二人の間に会話は殆ど無い。そもそも、同じ場に居ても話す事は稀だし、敢えて会話するような事が有りそうにも見えない。
 別に仲が良いとか悪いとかじゃなく、単にどちらも、社交的とかそういう類の性格をしていないだけだと思う。
「ルキアと石田、か」
 死神と滅却師。と言うより、それとは関係無く違和感のある組み合わせだと思っていた。だが、特に理由が有った訳じゃ無い事に今更気付く。
「アイツ……」
 ルキアは、
 ――あんな風に、話すんだな……石田と。
 知らなかったし、考えてもみなかった。そして、そんな些細な事が気になっている自分自身に、妙な気分になる。
 ルキアは、井上やたつきや、最近じゃクラスの女子とも仲が良い。休憩時間や放課後に、啓吾や水色に話し掛けられてる事もあるし、殆ど会話らしいものになって無いなりにチャドとも話す。
 だから、それと同じだろうと考えようとした。なのに、
 ――何でこんなに、気になるんだ。
 ぐるぐると、思考が無意味に頭の中をかき回す。
 誰と誰が話してたとか、仲が良いとか。そんなものは関係無いか、単に良かったと思うくらいだったのに。この引っ掛かる感じは何だろう。
 単に意外で、珍しいからだろうか。それとも――、
 耳障りな音が鼓膜を叩いて、半端に開いて持っていた雑誌の片側が指の隙間から滑り落ちた。
 代行証が鳴り響く。
 単に持っていただけの雑誌を今更のように放り出し、立ち上がった所で前触れ無くドアが開いた。
「行くぞ」
 一言。ノックも無しに部屋に入って来たルキアは、ドアを閉めるや義魂丸を飲み込んで死神化する。代行証でそれに続いた俺は、外に飛び出しながら、先に立つ背中を睨むように見つめた。
 はっきりした理由は、多分無い。
 ただ、唐突に浮かんできたまま消えようとしない感覚の意味が分からなくて、それが無性に腹立たしかった。

 斬月を振り下ろす。
 一撃で砕ける虚。なのに、消えたと思えばまた現れる。今の俺にもルキアにとっても、問題にならない程度の雑魚の癖に、数だけはやたらに多かった。
「くそッ!」
「落ち着け、一護! 此奴らは別に連携している訳では無い。単に好き勝手に寄って来ているだけだ」
「何か違いがあんのかよ!?」
「有るさ、勿論」
「………!」
 いきなり割り込んできた声に、だが、横に居たルキアは驚かなかった。俺だけが、今更のように声を上げる。
「石田……」
「相変わらずの考え無しだな、黒崎。連携も何も無いという事は、各個撃破すればいいというだけの事じゃないか」
「――…そうかよ」
 もやもやした気分の一因である奴に会ったせいで、ただでさえ苛付いていた神経が余計に荒んでくる。だが、機嫌の悪さを隠そうともしない俺を一瞥しただけで、石田は特に何も言わなかった。
 そんな事でも神経を逆撫でされた気分になって、益々苛付いてくる悪循環。自分のガキっぽさが良く分かるだけに、冷静な態度が気に障る。
 何もかもを振り払いたくて、懲りずに現れる虚の一群に突っ込んだ。
 刀を振り下ろせば、振り下ろしただけ数を減らし、終わったと思えば湧いて出る。単調過ぎる繰り返し。
 だから多分、それは油断と言うより危険な惰性の延長だった。
「一護っ!」
 焦ったようなルキアの声に驚いて、漸く至近の違和感に気付く。危険を感じるより先に身体が動いて、それでも僅かにルキアの方が速かった。
 霊圧を消して近付いてきた大虚。大きさは、普通の虚より少し大きい程度。多分、いつもだったら何無く気付いた。対処が遅れたのは、多過ぎる雑魚のせいで散漫になった注意力の所為。
 斬り飛ばされた虚の腕が、氷に包まれて視界の端を飛んで行く。
 死覇装の黒。見慣れた影が俺と大虚の間に割り込んでいて、それが奇妙な既視感を生んだ。
 小柄な癖に弱さを感じさせない後姿。その大虚と対峙する彼女に迫る、別の虚の白い鉤爪。
「ル…――」
「……っ!」
 だが、俺が動くよりも早く、視線の先で虚が砕けた。次の瞬間、白い波濤が奔って、大虚の霊圧も吹き飛ぶように消えていく。
 氷の破片が大気に融けて、戦いの合間の空白が落ちてきた。
「すまぬ、石田。助かった」
「いや、大した事じゃ無いよ」
 油断無く周囲を警戒しながら、僅かな間だけ視線を向けて告げるルキア。何でも無いように頷く石田の冷静極まる態度。視線を逸らして立ち尽くしたまま、聞いているだけの俺。
 仲間同士の当然の遣り取りに、神経が削られていく気がした。
 ――何で……。
 何で、ルキアを助けるのが俺じゃないんだろう。
 助けられた癖に、間に合わなかった癖に、そんな事を思う。
 斬月の柄を握って、心を落ち着かせようと意識した。
 俺とルキアは何だとか、そんな事をいちいち考えた事は無かった。考える必要も無いくらい、俺達は近いのだと思ってた。
 だけど――こんな様子を見てると。もしかしたら石田の方がルキアと近いんじゃないか。なんて、馬鹿みたいな考えが湧き起こる。認めたくないそれは多分、不安に近い。
 ただ、何でそれを不安に思うのか、重要な筈のそこが分からない。
 ――…一体、
 そしてまた、離れた場所に今夜何度目かの虚の気配。
「くそッ! 何なんだよ、一体!?」
「分からないのか?」
 八つ当たりのような叫びに返答があって、それに驚いて振り返る。石田が、相変わらず大げさなほどデカイ弓を構えて、目線だけ俺に向けていた。
「……何がだよ」
「君の所為だろう」
 投げられた言葉。意外な科白に、外しかけた視線を思わず戻す。
「どういう――」
「何があったかのかは知らないが、霊圧を乱し過ぎだ。只でさえ君のダダ漏れな霊力が虚を呼び寄せているっていうのに、それじゃ大物に寄って来て下さいと言っているようなものだろう」
「……全部、俺の所為だってのかよ」
「全部とは言わないけど、概ねそうだと言っておくよ」
 眼鏡の奥から向けられた目が冷静に過ぎて、見ているこっちを落ち着かなくさせた。
「気付いてないのは意外じゃないけどね。――でも、いい加減にその鈍感さをどうにかしてくれないとこっちが迷惑だ」
「悪かったな。どーせ俺は霊力のコントロールは苦手だよ」
「そういう意味でも無いんだけどね」
「な、」
 言い掛けた俺を置いて、石田はとっとと身を翻す。
 呼び止めようとして、急速に近付いてくる虚の気配に気付く。切りの無さに舌打ちして斬月を構え直す俺の中は、相変わらず中途半端なままだった。











リクエストの「ルキアと石田の関係に嫉妬する一護」。
あ、ちなみに続きます(いつもの如く…)



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