Just another day


 いつも通りの日曜日。夕方のロードワーク中。
 ひらりと、視界を柔らかな黄色が横切った。
 真っ先に飛び込んだ色はシンプルなワンピース。次いで、上に羽織ったニットのカーディガンのクリーム色と、真っ黒な髪。
「あ……」
 あの子だ。と思って、反射的に名前を呼びかけた所で何故か途切れる。一定のペースを保っていた足の運びが少し緩んだ。
 その殆ど数秒の間に、彼女は駆け去る。軽い足音が残って、やっぱり小柄だわ、というどうでもいい感想を内心落として、力強いくらい印象の強い後ろ姿に、何だかねぇと感心する。
 小柄だから瞬発力がある。おまけに持久力もあるらしく、その姿は既に遠方。
「何急いでんだろ……」
 好奇心などでは断じて無く、純粋な疑問から呟いた。とはいえ、答えられる人には当然聞こえず、聞こえる範囲に人は居ない。
 ……まあ、別にいいけど。
 そう、自分の中でその出来事が終わりかけた時。何のタイミングだか知らないが、やたらに見覚えのあるオレンジ色がすぐそこの角から飛び出してきた。
「うわッ…っと……!」
「――…ぅおッ! スンマセンッ……って、何だ、たつきか」
「一護!? ちょっとアンタ、人に衝突しかけといて何よソレ」
「あ、イヤ悪ぃ。ちょっと急いでて……」
「急ぎ?」
 反射で復唱した後、
「朽木さんならあっちに走ってったけど」
 自分の進行方向に指を向ける。と、遙か先で、黄色い色が角を曲がって完全に消えた。
「あのヤロッ……! 悪ィたつき、俺行くわ!」
「あー…ハイハイ。じゃーね」
 完全な義理で手を振る。だって、こっちなんか見ちゃいないのが丸分かり。自分がどんな反応したかも多分自覚して無い。っていうか、
 一護。アンタさ、自分が朽木さんを追い掛けてるって自白してたんだけど。
 傍から見れば、デート中に機嫌損ねた彼女を追い掛ける彼氏の図だ。今時ドラマでやったら、ベタ過ぎる古過ぎるとツッコまれそうな……。
 イヤ、本人達は全力で否定するだろうけどさ。見えるじゃん、普通。そーいう関係に。
 ってか、それ以上の関係に。
 思って、一年の夏休み前に校内を席巻した凄まじい噂を思い出した。
 高校生ってヒマなのか。寧ろ、他に興味持つ事は無いのかアンタら。……そう流していた当時の自分に言いたい。アレはそう思われても仕方無いだろ。
 四六時中一緒に居るのも、二人で授業抜け出したり、それどころか休日に一緒に居るのを目撃されてたのも、全て死神と死神代行って関係を知れば納得できる。寧ろ、邪推してる連中に、あの二人の間に何か有りそうに見えんのかよと言える。言える筈なんだけど、
 ……事実知った後の方が、ツッコみ所が増えてるっての。
 何で未だに一緒にいんのよ。そもそも、何とかっていう担当死神が居るんじゃないっけ、この地域? 何で未だに二人でバケモノ退治してんだ。一人でいいじゃん。前にも見掛けたけど、ほぼ一瞬でケリ着いてたし。寧ろ、いい加減に仕事任せてやんなよ、あのおっさんに。
 既に視界から消えた幼馴染を何となく見送りつつ、面と向かって言えない分も併せてツッコミを入れた。
 ……っていうか、意味有り気な感じに謎だけ残されても困るんだけど。あたしが。
 まあ、色気のある理由じゃないって事だけは分かるわよ。けどソレ、知ってんのはアンタらの周りの奴らだけだから。言うまでも無く、それ以外の連中の方が多いから。世の中には。
 それでもまあ、やれやれと溜息を吐いてランニングを再開したあたしは、十五分後に公園の中で人目も気にせずじゃれあってる――そりゃ、当人達は喧嘩だか普通の会話だかのつもりなんだろうけど、傍からだとそうは見えない――二人を再度目撃し、思わず盛大によろめいた。イヤ、身体がじゃなく精神的に。
 ……いい加減にしな、アンタら。っていうか、もう色々とどうでもいいからとっとと気付け。っていうか、くっ付け、この際。
 だって、いいのかアレは。そこまで無自覚って有り得るワケか。
 傍から見てて、ちょっとソレはどうよ? とか思ってたんだけど、今なら一護をからかって遊ぶ小島の気持ちが少しだけ分かる。アレを目の前でやられたら、何かしらやり返さないと不公平だ。こちら側の気持ちとして。
 とは言え、あたしは無自覚カップルの間に割って入ってやるほど面倒見が良くは無い。というか馬に蹴られる趣味は無いんだわ。当然ながら。
 そういう訳で、諸々の光景は見なかったフリをして通り過ぎた。ちなみに、次からロードワークのルートを変えるべきか考えながら。


 昼休憩。屋上で、少し離れた場所に座る件の二人を視界に入れる。正確には、イヤでも目に付くから視線が行くってだけだけど。
 つい昨日、何だか分かんないけど追い駆けっこをしていたオレンジ頭の幼馴染と黒髪のクラスメートは、フェンスを背にして並んで座っている。周りには小島に浅野、茶渡と、いつものメンツが揃ってはいるけど、あの二人の絶妙にセットな感覚は何なワケ。
 寧ろ、カップルってか、既に夫婦の域に達してない?
 高校生じゃないのか、アンタら。イヤまあ、確かに朽木さんは死神だけども、一護はあたしと同い年だろ。
 ちなみに、教室での織姫と朽木さんの会話で、彼女の着ていた黄色のワンピースが、買ったばかりのものだったと判明した。ちなみに、何だって一護から逃げていたのかは謎のまま。何故ならあたしもわざわざ訊かないし。
 けど、その時に向こうの方で一護に話し掛けてた小島が異様に楽しそうだったのは、もしかしてアレを目撃したとかそういう事だろうか。
 ――まあ、自分が捲いてる種なんだから、自分でどうにかしな。
 ムキになって何か言い返してたアイツに、あたしは心の中で気の無いエールを送っておいた。からかう余裕が周りの連中にあるうちに、進展あるといいんだけど。
 ……ってかさ。そろそろ進展無いとおかしいから。寧ろ、今まで無いのがおかしいから。
 そんな感じでつらつらと考えていたあたしは、いつの間にか弁当を食べる手が止まっていたらしい。
「どうしたの、たつきちゃん?」
「え? あー……」
 訝しげな織姫に訊かれ、慌てて、半分聞き流しそうだった会話の内容を反芻する。そして今更のように思い出した。
 ……そう言えば、もう一組居たんだったわ。あたしの近くに。
「イヤ、何でもないわ。ちょっとだけ考え事。――…それで、織姫。石田が何だって?」
「あ、…えっ!? っそ、そんな、あの別に石田君がどうとかじゃなくてあたしが言ってるのは手芸部の…――っ」
「ハイハイ、分かったから。慌てなくてもいーって」
 分かりやすく真っ赤になった親友を笑って宥め、大きく開けた空を見た。穏やかな青空に、何となく目を細める。

 ――取り敢えず、あたしの周りは今日もそこそこ平和だ。











たまには普通の話も書かないと怒られるかな…という訳で、平和な話です。無自覚イチルキと、さり気なく混じってる織姫→雨竜(趣味)
たつきを書いたのはもしかして初めてだろうか。



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