My dear lap-dog


 開け放した窓から、湿気混じりの夜風が入り込む。真夏日だった昼間に比べ、梅雨明けから程無い夜はまだ過ごし易い。
 さらり、と細い指が膝の上の髪を梳く。明るい髪色を浮かび上がらせるのは、晴れた夜空ではなく街灯の光。湿り気のあった風呂上がりの髪はとうに乾いて、指に張り付く事無く零れ落ちた。
 ふと手を止めて、小柄な人影は軽く窓辺に寄り掛かる。離れた道路を走る車の音や虫の声が微かに聞こえる部屋の中で、ベッドが小さくきしりと鳴った。
 膝の上で、吐息。
「――起きたか?」
 見下ろせば、薄い暗がりの中で視線がぶつかる。彼女の膝の上に頭を乗せる、部屋主である少年。その顔が、微かな笑みに歪んだ。
「ルキア……」
 寝起きの掠れた声。顔へ両手を伸ばして強請る仕草に、彼女はふわりと屈み込む。上から逆さまに覗き込むようにして――軽い音を立てて額に口付けた。
 戯れ事のようなキスだけで身を起こし、右手で掻き上げていたオレンジの前髪を額に落とすその下で、見上げたままの少年が不服そうに眉間に皺を寄せる。
「違ェよ」
「ふふ…そう拗ねるな」
 笑んで、くしゃりと髪をかき回し、動きを変えて両手で顔を包み込む。初めて見た頃よりも精悍さが増した、それでも幼さが完全には抜け切っていない顔立ち。
 にも関わらず、何処か不釣り合いな濃い気配。
 彼女の視線を縫い止めたまま、僅かに細められた見上げる双眸、そこから覗く琥珀色が誘うように熱を帯びた。
「……何だ。どうかしたのか?」
 わざとらしく訊きながら、顔の輪郭を辿るようにさり気なく掌を滑らせる。口端を掻くように掠めた親指に、舌先がちらりと絡んだ。そのまま指先を口元に寄せてやると、柔らかく湿った感触がそれを包み込む。
 押し込まれた指を舐めて甘噛み、濡れた音を立てて吸い付いてみせる。そうして上目遣いに見上げる瞳に、ルキアは微笑った。
「可愛いな、貴様は」
 あやすように髪を撫でる左手に眉を顰めながら、彼は順番に、添えられた右手の指を一本ずつ舐る。最後に口から引き抜かれた小指を追うように寝返りを打つと、そのまま向きを変えて、キャミソールワンピースを着た細い腰に腕を回した。
「ルキア……」
 うつ伏せに膝の上に乗って、抱いた腰に頬を擦り付ける。甘えるような仕草に、ルキアは喉の奥で楽しげに笑う。
「上手くなったではないか。おねだりが」
「………」
 膝の上で身じろぎし、髪の間から覗く琥珀の目。先を求める無言の要求に、彼女はもう一度笑って、囁いた。
「――…では、私をその気にさせてみろ」
 ゆっくりとした瞬きの後、少年の口元が歪んだ。
 膝の上から伸び上がるように影が動いて、柔らかな唇をぺろりと舐める。ワザと応えず、注視するだけの彼女の唇を角度と場所を変えて何度も食む。
 それでも応えて返さないルキアを黙って見上げ、一瞬、首元に吸い付いてから、ワンピースの肩紐を口に咥えた。
 頼りなさ過ぎる肩紐が落ち、露わになった肌。腕から肩へ、日焼けの跡も無い皮膚に舌を這わせる。戯れつく動物のような動きを、ルキアは愛しげに見守っていた。
 そして――大人しく、柔らかい刺激を与えていた彼の動きが肩口で止まる。
「………ッ!」
 首の付け根に突然走った鋭い痛みに、ルキアは咄嗟に悲鳴を殺した。
「っ、貴さ――…」
「何でだ?」
 声に続いて、退いた身体を追うように、今度は同じ場所に柔らかく噛み付く。付いたばかりの歯跡を舐める感触の合間に、不機嫌な声が聞こえた。
「跡が、無ぇ」
 思い切り肌を吸い上げられ、ひり付く痛みに眉を顰める。
「何、の……」
「消したのか? また」
 首筋を這い上がる舌。耳朶を挟む口。吐息が鼓膜に直接吹き込む。
「折角、痕付けてやったのに」
「……たわけ」
 呆れたような、溜息。
「目立つ所に歯型と痕を付けたままにしておける訳が無かろう」
「残したっていいだろ。一個ぐらい」
 それとも、
「王に見られんのが、厭か?」
「――単なる気分だ」
 曖昧に、だが、話を断つような口調。僅かに身体を離して、見慣れた少年の姿そのままの、彼の内なる虚を見遣る。
「なあ、ルキ……」
「縛道の一、」
 ――『塞』
「………ッ!? テメ……!」
 腕だけにかけられた鬼道。だが、不意打ちで後ろ手に固められ、軽い驚愕の後に琥珀色が鋭く変わる。強引に解こうと入れた力で、拘束がぎしりと軋んだ。
「ルキア…――」
「気を削ぐような事ばかり言うな」
 このまま止めるぞ?
 わざと近付いて告げる紫紺の双眸は、冷然として隙が無い。力ずくで術を壊そうとする音に、彼女は薄く笑った。
「解きたければ解け。無暗に力を使えば、一護が起きるかもしれぬがな」
「……起こすんだろうが。アンタが」
「どちらでも良かろう。結果は同じだ」
 貴様が外に出るのが、少しばかり難しくなるだけの事。
 そう、頬に添えた手をするりと動かす。首筋から肩口へと撫で下ろす動き。膝立ちになった彼女は、ワンピースの肩紐が二の腕の途中で引っ掛かり、象牙色の肌を中途半端に彼の視界に曝け出す。シャンプーの香りが、今更のように彼の鼻腔をくすぐった。
 Tシャツの下の肩と背中を軽く撫でられ、耳元に寄る気配と吐息。ぞくりと湧き上がる感覚に、彼は思わず息を吐いた。
「――さて、どうしたい?」
 解っているのに、敢えて訊く声。
「ルキア……」
「何だ?」
「…――シたい」
 くすりと笑う気配。それだけで、答えは返らない。
「解けよ。コレ」
「駄目だ」
「なァ、ルキア」
「何だ。どうしても、か?」
「ああ。今、欲しい」
「何を?」
「……ルキア」
「ふふ……そうか」
 良く言えた、と褒めるように、軽いキスが唇に落ちた。
「では、上手く出来たら――な」
 何を、とは、わざわざ訊かずとも解っている。
 ゆっくりと移動する体重に、ベッドのスプリングが緩慢に軋む。爪先から甲、足首からその上へ、彼は時折肌を甘噛みながら舐め上げる。そうするようにと教えたのは彼女。敢えて時間を掛けさせる行為は、何より彼を焦れさせる。
「なあ……」
「まだだ」
 きっぱりと言われ、顔を顰めて太腿に吸い付く。彼女は、痕を残す事自体には何も言わない。だから、きっとまた、知らないうちに消されている。
 どうしてやろうかと、柔らかな皮膚にじわりじわりと歯を立てた。
 ルキアに脱がされたTシャツは、後ろ手に固まった腕に絡まったまま。振り解きたいのに、上手くいかない。それが酷くもどかしい。
「ホラ、此方に来い」
 促され、這うようにしていた身体を捻って起こす。動き辛い身体で傍に寄ると、さり気なさを装った手が、いきなり身体を撫で下した。
「……っ!」
「どうした?」
 とぼける声の白々しさと、愉しむような瞳。
「ッ……マジかよ、ソレ」
「何だ。気に食わぬか?」
「シチュエーションが最悪だ」
「厭なら戻れ。別に私は構わぬぞ?」
 突き放すような台詞。一方では、右手で焦らすように身体を撫でて、左手で引き寄せた唇に口付ける。
 否応無く上がる熱に、舌打ちした。
「テメ、覚え……とけ、よ?」
「気が向いたらな」
 もう一度、今度は深く舌が絡んだ。

 声を殺した気配が、更けていく夜の中で益々濃さを増していく。
「っ、…ルキアッ」
「――何…――」
 何度目かの呼び声にルキアが顔を上げた途端、首筋に軽く噛み付かれた。
「な……っ、おい」
 半端に掛けられた体重に、重心を崩して諸共に倒れ込む。半脱ぎになったワンピースから覗く手近な肌の到る所を舌が這って、緩く吸う。
「ルキ、ア」
「堪え性の無い奴だな」
「テメエの、所為だろ」
 熱く息を吐き出して、のろのろと身を起こす。熱に浮かされたような瞳が、彼女を睨んだ。
「なァ、早く……くれって」
「最悪、なのでは無かったか?」
「どっちでも、イイだろ。なあ?」
 ルキア、と繰り返す声が響く。
 無言の後、からりと音を立てて窓が閉まった。
「矢張り、可愛いな。貴様」
 体重を感じさせない軽さで、ふわりと腕が首に絡む。
「…――良いぞ。赦してやる」

 澄んだ音を立てて、戒めが解けた。











ルキア×白一護。お姉さまとペット。白一護を愛でたり遊んだりするルキア。というかコレって調きょ(強制終了)
頭湧いててスミマセン…最近発想がオカシイです。…そう言えば一護何処行った…?(をい)



inserted by FC2 system