Endless Night


 白い月。
 容赦無く広がり、星の姿を消し去る蒼い光を色褪せた砂が照り返す。吹き去る風が、積み重なって大地を成した砂の一層に波紋を残した。
 揺れる髪、そよぐ袖。漂白の世界で異質を思わせる黒い色。
 通り過ぎた風。緩んだ空気。後姿がふわりと止まった一瞬、手を伸ばして捕まえた。
 軽く、驚いたように止まった呼吸。抱きすくめた拍子に舞い上がった香りが肺を満たす。布越しの暖かさが、物足りない。
「っ、待――……」
 振り向いた唇を塞いで、開いた隙間から舌を捩じ込む。性急な動きに戸惑いながらも応えてくれると知っているから、それに甘えて衝動に従う。
 舌先から糸を引いて唇が離れると、彼女は熱い息を大きく吐き出す。顎に流れた唾液を舐め取る俺に、ぽつりと言った。
「……、餓鬼め……」
 知ってる。と、細い首筋に歯を当てながら応じる。
「けど、それはアンタが悪ィ」
 痕が付くよう吸い付いて、次を促す。熱さと甘さを増した吐息が耳に掛かるのを感じて、砂の上に引き倒した。
 散った黒髪。俺を見上げて、俺だけを映す両眼の紫。
「餓鬼を甘やかすと、こうなんだよ」
「――……確かにな」
 苦笑。なのに、僅かに艶めいた笑み。普段に無い表情に、いつものように堕ちていく。
 捕まっているのは、俺の方。
 果てしない砂漠の中。冷たい砂の世界で、月が無関心に俺達を照らす。


 ルキア。と呼ぶ声に、分かっている、と低く返した。
「二体……否、三体か」
「どっちでもいいだろ」
「手を貸すか?」
「要らねェ」
 解り切った遣り取りを繰り返し、彼がゆっくりと前に出る。背に負う大刀に手を掛けると、黒い柄布がするすると解けた。
 構えるでも無く白い刀を手にした彼の眼前で、視界を埋めんばかりに砂が大きく盛り上がる。流れ落ちる砂の中から現れた、白い仮面と鱗のような表皮を持った「何か」。殺気を隠しもせずに襲い掛かるそれに向かい、彼は飛んだ。
 ――……雑魚だな。
 見かけ倒しの大きさは、恐れるに足りない。
 只、白銀の髪と白い装束の後姿は愉しげで、詰まり彼にとってはその程度の価値は有ったという事。
 時間差を置いて、彼の横合いに出現した同じく巨大な「何か」の末路も、同じだった。
 一刀で巨体を両断し、砂ごと吹き飛ばし、切り刻む。数が増えても意に介さない。そんな、いつものように容赦無いやり口を冷静以上に何処か呑気に眺めていた私は、ふと気付いて無造作に動いた。
 砂の地面が割れる、という事は正確には無い。
 だから、抉られた箇所にさらさらと砂が零れて埋まっていくのは当然だった。
「残念だったな」
 私の科白も、あながち間違ってはいない、と思う。
 だがそれに、最初のモノよりも小型で、形の違う「何か」は明らかに気分を害したようだった。
 声帯から耳障りな音を響かせながら、前足を振り上げる。一瞬、腰に佩いた刀に手を掛けようとし、思い直して後ろに跳んだ。
 無暗に砂を巻き上げながら、更に二度、攻撃が私の影を掠めていく。そして三度目、横から飛んだ白い色が私の視界を横断し――後には何も残さず消え去った。
「……三体だ、と言った筈だぞ。私は」
「五月蠅ェよ」
 僅かに不機嫌になった表情に、子供の言い訳染みた声音。
 何かの残骸すら残っていない砂漠を背景に、大刀を肩に担いで戻って来る。
「手の掛かる奴だな。貴様は」
 僅かに笑う私を左腕で乱暴に引き寄せて、五月蠅ェ、と、彼はもう一度呟いた。
 吹く風が、砂を動かす音がする。抉られた場所も積もった箇所も、緩やかに崩れ埋められ均されていく。最後に残るのは、代わり映えの無い景色。
 此処は、酷く落ち付くようで、同時に何かしらの焦燥を掻き立てる世界だった。
 それを私に思わせるのは、この男。
 変化を嫌うように消し去る癖に、敵と認識し得る何かの出現を待っている。全てに飽いてしまえば、躊躇わずに自らを滅すのではないかと思う程に。
 だから――私が此処に、彼奴の傍に存在しているのではないだろうかと思う事がある。


 砂の上にぽつりと在る白い岩。いずれ風化して消え去るしか無いそれに背を預け、彼女は膝の上に乗せた俺の髪を漉く。
 ――何故、私の名を知っている?
 ルキア、と呼んだ俺に、彼女が最初に訊いたのはそれだった。
 知らねェ。と、答えにならない答えを返した俺を見返したのは、訝しげな瞳。
 それを覗いて、確信した。コイツは名前以外、自分の事を覚えていない、と。
 何処からも隔離された世界。此方から何処かへの道を開く術など、俺も彼女も知らない。詰まり、取り残されて全て忘れて彼女は、この色褪せた世界と俺しか知らない。
「――…矢張り、有った方が良いのではないか?」
「要らねェ」
「私には有るのにか?」
「ルキアは、いいんだよ」
「意味が解らぬ」
「解んねェで、良い」
 時々、繰り返される会話。
「だが、不便ではないか? 名が無いと」
「……ルキアが呼ぶのは、俺だけだ。だから、必要無ェ」
 お前でも貴様でも、口の悪い彼女が呼ぶのは俺の事だけ。此処では無い何処かに居る誰かの事も、時折現れ、一瞬で消される「何か」の事も、決して呼ぶ事は無い。呼ぶ必要も無い。
 その事実は、付けられた名で呼ばれるよりも遥かに意味が有る気がした。
 彼女を俺自身で埋める事で満たす独占欲。身体を繋げる事で感じる充足感。繰り返し確かめて、終わらない夜は回っていく。
 だからこそ、広いか狭いか定かでは無い世界に存在する他の何か。時折、俺と彼女の前に現れるそれらが、酷く煩わしい。跡形も無く消して、彼女の記憶から消し去ろうとする程に――。
 思って、僅かに息を吐いた。
 ――否……本当は、解っている。
 真に二人しか居ないのでは無く、他の無数が溢れ返っている中で、唯一互いしか居ないと錯覚する事こそが心地良い。
「……なあ、ルキア」
「何だ?」
 目を閉じて、俺だけに降り注ぐ声を聞く。
「居ろよ? 此処に」
 優しく、微笑う気配がした。
「……貴様の傍以外に、居るべき場所を知らぬよ。私は」
「そう、か……」
 俺が見て、聞いて、感じている全ては、夢かもしれない。
 それならば、夢でも構わないと思う。
 只、一つだけ。
 ――朝など、この世界には来なくて良い。

 脳裏に浮かんだ、オレンジ色の髪。己と同じ形をした黒い装束の男の姿を、俺は忌々しく打ち消した。











白一護×ルキア。今更ですが、拙宅の小説は基本全て自己設定のパラレルです(言い切った)
何はともあれ、先日の某絵チャで存分に踏ませて下……もとい、快くお相手して下さったさかえ様に捧げます。
……あと、コレ差し上げますので、ちゃんとした白一護ルキア絵を私に下さい(←をい)



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