Nothing but Ordinary


 屋上の扉が開く。現れたオレンジ頭を、彼女は斜め上から見下ろした。
「有ったか?」
 振り仰いだ、いつも通りに眉間に皺の寄った顔。不機嫌というより不本意なのだと主張したげに、彼女を見上げて眉を顰める。
「……ほらよ」
 軽く投げ上げられた缶を、彼女は両手で危なげ無くキャッチする。握った瞬間、掌に感じた熱はすぐに緩んで、温く皮膚に染みていった。
「ほう……きちんとホットを買ってきたとは感心だな」
「言っとくけどな。奢りじゃねえぞ。後で請求するからな」
「何だ。たかが百円かそこらでせせこましい事を言うな」
「ウルセー。つか、百円かそこらって、その程度の値段みたいな事言えんなら尚更払え」
「…………甲斐性の無い奴め」
「オマエ、今さり気なく舌打ちしただろ」
「あらー。とんでもございませんわぁ、黒崎君」
「あからさまに棒読みな科白だな」
「いちいち突っかかるな。餓鬼め」
「そりゃ、俺は高校生でガキだからな」
「たわけ。そこは開き直る処では無いわ」
 軽く缶を振って、プルタブを開ける。ミルクココア。印象としては、砂糖の甘さとココアの風味がミルクの中に溶けたホットドリンク。
 風は無い。只、温度を下げた夕方の空気が、剥き出しになった肌に落ちてくる。非常口の上のコンクリートの縁に腰を下ろして、とうに日の沈んだ西を見た。僅かに残ったオレンジ色と、紫と青。その上に夕闇が溶けていく。
 特徴的な柔らかい金属音が、鼓膜に届いた。
 視線を向けると、彼の手にも細身の缶。とは言え勿論、彼女と同じ物では無い。
「貴様はコーヒーか? 珍しいな。いつものスポーツ飲料やジュースはどうした」
「アホ。このクソ寒い中、んな冷たいもんが飲めるか屋上で」
「で、ブラックで無糖か」
「当然だろ」
「この格好付けめ」
「オイコラ、何でそうなるんだよ?」
「決まっておる。クラスの女子などに『えー、黒崎君は甘いコーヒーじゃないと飲めないんですのー? 意外ですわー』とか何とか言われたくないのであろうが」
「……つーか、そういう妙な口調のクラスメートはテメーだけだ」
「やかましい。揚げ足を取るな。実はこっそり学校でのイメージ作りなどしておる癖に。そんな顔して」
「それこそ関係ねえだろ」
 非常口の横。上と下。別に互いの顔を見るでもなく、言葉だけが間を繋ぐ。
 片手で包むように持った缶から、少しずつ熱が抜けていく。
「……ルキア。オマエ、寒くねえのか?」
「少し寒いな」
「だったらせめてマフラーか何かしろよ」
「ならばいっそ、校則とやらを変えてくれ。女子もズボンの着用が可だとか何とか」
「あー、冬もスカートってのはやっぱキツイのか?」
「当たり前だ。興味が有るなら一度貴様も挑戦してみるか?」
「イヤ、謹んで自体させて頂きマス」
「何だ? 遠慮せずとも良いのだぞ?」
「アホ。遠慮とかそういう次元の話じゃねぇ」
 さして意味も無い会話を交わしながら、コーヒーの缶を傾ける。吹き曝しの屋上。風が無くとも、温まるより冷える方が早い。
 ふと、何かを思い出して、彼女は手にしたココアの缶を左手に持ち替えた。
「ああ、そうだ。アレを忘れていたな――いちご」
「……は?」
「たわけ。貴様では無いわ」
 これだ。と、ブレザーのポケットから取り出した何かを前触れ無く放る。
 狭い放物線を描いて落ちていった何かが、軽く伸ばした彼の手に収まった。辛うじて薄明るく残った視界の中で、それを見る。
「何だ? チョコ?」
「コンビニに行ったら見付けてな。苺だったので買ってみた」
「で? 俺が食って良いのかコレ?」
「返せと言って欲しいのか、貴様は」
「イヤ、貰えんなら嬉しいけど。普通に」
「……疑い深いな、貴様。親切くらい素直に受け取れぬのか」
「別に。珍しいなと思っただけだ」
 いっつも人に奢らせてんじゃねえか。
「いつもでは無い。時々だ」
「嘘付くんじゃねえ。しょっちゅうだろうが」
「細かい事を言うな。…――で、食べぬのか?」
「まあ、食うけど……」
「ならばグダグダと御託を並べるな」
 澄まして、温くなったココアを咽喉に流し込む。
 包み紙を剥がす音。続く、チョコレートを口に入れて溶かしていく、音とも言えないような音を聞き流す。
「美味いか?」
「おう」
「そうか」
 空になった缶を軽く握って、何となく凹みを作ってみる。それから、軽く反動を付けて、その場所から屋上のコンクリートの上に飛び降りた。
 軽い音を立てて、人影が二つに増える。いきなり降って来た彼女と、別に驚きもせずにそちらに視線を寄越す彼。
 暗さで大して見えないだろうが、それでも敢えて、彼女は軽く笑ってみせた。
「では、貴様には、学校帰りに私に肉まんを奢らせてやろう」
「……オイ、コラ」
「厭なら良いぞ。但し、代わりにチョコを返せ。今すぐに」
「食っちまったモン返せるか」
「ならば諦めるのだな」
「テメエ……さっき、人の親切は素直に受け取れとか言ってた癖に、詐欺なんじゃねえか。結局」
「詐欺ではない。ギブアンドテイクだ」
「言わねえだろ。こういう場合は」
 ツッコミながら、寄り掛かっていた壁から背を離す。
 文句を聞かなかったフリをして、彼女はさっさと非常口のドアを引き開けた。
「早く帰るぞ。夕食に遅れる訳にはいかぬからな」
「…………へいへい」

 ゆっくりと、音を立てて扉が閉まる。
 東の空から西の先に、静かに夜が降りていく。


 なあ。そういやオマエ、屋上で何したかったんだ?

 別に。何となくだ。

 何だソレ。

 そう言う貴様こそ、何故あそこで私に付き合っておったのだ。さっさと帰れば良かったではないか。

 ああ……イヤ、別に。まあ、何となく――…だな。

 何なのだ、それは。

 テメーが言うな。

 あ、コンビニだぞ。一護。

 ……肉まんでいいんだな?

 実はピザまんとカレーまんも候補に挙がっておるのだが……。

 一つにしろ。











特に意味の無い、ぐだぐだな会話が書きたかっただけ。何でもない関係…みたいな(飽くまで当人達にしてみると)


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