First things First


 明けましておめでとうございますと、繰り返しテレビが告げる。何処かの雪景色と人々を映す画面。空になった湯呑みを片付けて戻って来たルキアを見て、一護はソファから立ち上がった。
「そろそろ行くか」
「ああ」
 頷いて、リビングを出て行くルキア。それを追う一護の背に、妹達の声が掛かった。
「あ、お兄ちゃんにルキアちゃん。外寒いから、ちゃんとあったかくしてってね」
「おう」
「あと、人混みではぐれないようにね。ルキアちゃん、小柄なんだから」
「そーそー、手繋ぐとかね」
「…………は?」
「何固まってんのさ、一兄。初詣と夏祭りの鉄則でしょうが」
「え、そうなの、夏梨ちゃん!?」
「当然じゃん。人混みだから繋いでたってあんま目立たないしね。勿論、人混みってコトは、たつきちゃん達とワザとはぐれてこっそり二人っきりになるって作戦も立てられるワケよ」
「へえー、すごーい」
「という訳だから頑張って。一兄」
「…………」
 イヤ、何をだよ。というツッコミらしきものを口の中で呟きながら、彼は相変わらずの兄を呆れたように見守る妹達の前から退散した。


 着替えを済ませて、ルキアは妹達と共有している部屋を出る。つい先ほどまで人の居なかった部屋も、薄暗い廊下もひやりと寒い。
 ドアを閉め、彼女は一護の部屋の前で立ち止まる。リビングを出る所で捕まっていた彼は、ルキアより遅れて自室に戻った。まだ着替えている最中だろうかと、声を掛けるか下で待っているかで暫し迷う。
 だが、ドアをノックしかけて、下のリビングで上がった笑い声に注意が引かれた。夏梨と遊子と一心の声。
 年越しは家族で。というのが黒崎家の掟であるらしい。そして、それを分かっているのか、友人達が誘う初詣は年が明けて暫く経ってから。
 良い家族だ、と思う。そして、其処に混ざっていられる事が嬉しい。
 小さく笑んで、ルキアは身を翻した。少しの間、リビングで待っていようと。――だが、
 かちゃりと、背後でドアの開く音がした。
 彼女を追うように、開いたドアから手が伸びる。
「――……!?」
 強引に引き寄せられ、バランスを崩しかけた所を抱き締められた。
 一瞬出来た思考の空白。耳元に感じた吐息が、やけに大きい。
 そして、再び下から遠く吹き上がるように聞こえた賑やかな声で、現実が戻る。
「――……危ないでは、ないか。莫迦者」
「逃げるからだろ?」
 答えるのは、聞き慣れた声。しかし、一護――では無い。
 後ろから包み込む腕も、背に感じる温度も彼のもの。だが、其処に居るのは彼では無かった。
 振り向こうと頭を動かしたルキアを、覗き込む顔。部屋の明かりを背にした影の中で、何故か金色の瞳が鮮やかに見える。
 ――綺麗、だな。
 場違いな感想が脳裏を掠める。見詰める先で口の端が笑みの形を作り、頬に冷えた掌の感触がした。
「っ、……!」
 影が重なり、唇が触れる。否、触れるだけでは終わらない。舌先が唇をなぞり、緩んだ隙間から押し入ってくる。舌が絡んで、互いが深く交わっていくまでに、そう時間は掛からない。一気に熱の中に落とされて、ルキアは彼の腕を強く掴んだ。
 霞みかけた思考と、耳を掠めて行く家族の声。非現実的な現実。
 いつの間にか身体を反転させ、向き合うように口付けている。緩めて離れ、軽いキスを何度も繰り返した後、解放された彼女は漸く深い息を吐いた。
「……貴様、いきなり出て来たかと思えば……。突然何なのだ」
「何って……新年だしな」
「意味が解らぬ」
「一年の計は元旦に在りって言うだろ?」
「どういう理由だ。たわけ」
 呆れたようなルキアを、気にした様子も無く彼は見下ろす。『一護』では無い、もう一人。
「ルキア」
 呼んで、もう一度伸びて来る手。それを遮って、ルキアは両手でオレンジ色の頭を引き寄せた。
 啄むように触れた唇は、すぐに離れる。
「下に居る。下りて来るまでに、『一護』を表に戻しておけ」
「ルキア……」
「続きは、戻ってから聞く」
 そう、紫紺色が不敵に見上げて、軽い足音が階下に去った。


 街灯の光が落ちる道路。雪は無く、代わりに乾燥した冷たい夜気が肌を刺すように刺激する。
「オイ、大丈夫か?」
「今の所はな」
 白い息を吐いて、並んで歩く影は二つ。足早に進む小柄な影と、それに速度を合わせるもう一人。
「……ルキア」
「何だ?」
「イヤ……はぐれんなよ? 毎年あの神社、人多いし」
「…――努力はする」
「オイ、努力って……」
「心配ならば、貴様がどうにかするのだな。私を見失わぬように」
「な……」
「ホレ、さっさと行くぞ、一護!」
「ちょ、……待てコラ! ルキア!」
 追い縋る声を置いて、道を駆ける。

 ――捕まえたければ、そろそろ貴様も自分で動け。たわけめ。
 新年なのだぞ。と、心の中に呟きを落として、彼女は足を速めた。











新年早々ヘタレな一護と、年中本能に忠実な感じの白一護。これがこの一年を象徴…してないと良いですね!(爆)
という訳で、めでたいのか微妙な感じでスミマセン…。今年も宜しくお願いします。



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