Double Dream- II


 目の前には青過ぎる空と眩し過ぎる白い雲。極端なコントラストを従えて、白っぽいビルが地面ごと横たわっている。縦横デタラメな妙な世界。
 ここに来るのは、自分の意思の時もあれば『アイツ』に呼ばれての時もある。それから勿論、表が入れ替わってる時。
 時間の感覚が無い場所。何をするでもなく立つ俺に、いきなり声が掛かった。
「そういうシケた面してると幸せが逃げるんじゃねえの?」
 誰なのかは、この場所に居るという事実だけで分かる。声を頼りに視線を向けると、案の定、隣のビルの上――というか正確には壁面の上で、『白い俺』が胡坐をかいていた。
「………テメエにそんな心配されたくねえよ」
 白い髪に琥珀色の目。『アイツ』とか『コイツ』とか、とにかく名前を言おうとしない所為で呼び方に困るもう一つの人格に、俺は不機嫌に続ける。
「つーか、もし俺が不幸になったら、その原因の半分は確実にオマエだ」
「そうか? まあ、例えテメーが不幸になっても、俺とルキアが無事なら万事オーケーだけどな」
「喧嘩売りに来てんのかテメエは……」
 睨む俺にソイツは、まさか、と肩を竦めてみせた。
「お前に早目のクリスマスプレゼントでもやろうかと思って」
「はあ?」
 一体コイツは何を言い出すのか。眉を顰めるが、向こうは構わずそのままの調子で科白を投げた。
「土曜。ルキアとのデート」
「…な……っ」
 一瞬当惑し、そして何とか声を押し出す。
「ふざけてんのかテメエ……」
「何だ。嬉しく無ぇのか? 好きなんだろ、ルキアの事」
「そういう問題じゃねえッ!」
「そういう問題だ。デートって事はな」
「違ぇよ!」
 何なんだ、コイツは。
「テメエ、一体何考えてやがる。ルキアは……――」
「ルキアは『俺』のだ。それで『俺』はルキアのものだ」
 迷い無く、というより自明の事のように断言する。自信が有るとかそんなレベルの話じゃなく、だから俺は聞くたびイヤな気分になる。言葉の端だけで、ルキアに対しての想いが執着という域すら越えているコイツと、何よりそれを受け入れているルキアを思い知らされて。
「――だから、たまには『お前』に変わってやる、って言ってんだけど?」
 得体が知れない。
 元は恐らく自分の一部だった筈のコイツに、俺が思うのはそれだった。
「……んなプレゼント要らねえよ。気遣いだか嫌味だか知らねえけどな」
「心外だな。気遣いでも嫌味でも無ぇよ」
「そんなら、一体どういうつもりだ」
「――……ソレはこっちの科白だ。『一護』」
 やけに落ち着いた声が、冷え冷えと響いた。
「お前、自分の立場解ってんのか? 『俺』と『お前』が違ってようが、そんな事周りにゃ関係無ぇんだよ。他の連中にとっちゃ、どっちが外に出てようが『黒崎一護』って一人の人間だ」
「何だよ。そんな事とっくの昔に…――」
「解ってる、か? ふざけるな。テメエは少しも解ってねえ。――それにだ。もし解ってるってんなら――…」
 殺気染みた気配が、大気を一瞬凍らせる。
「何でルキアを振り払った?」
「…………!」
 瞬間、昨日の出来事が蘇った。

 都心部から少し離れているとは言え、そう極端な距離でも無い。だから、空座の俺の周りでは、進学しても実家から通うなんて連中が結構多かった。親しい連中の殆どは進学先が首都圏で、だから中高時代の友人とは頻繁に会える。その日も、誰かが声を掛けて暇な奴が集まって、そういういい加減なノリとメンバーで駅前に集まっていた。家を出てたり入院してた所為で、俺にとっては随分久し振りの集まり。そして、偶然会った中学時代のクラスメートの女子数人。その中に、ルキアが居た。
 完全な不意打ち。だけどルキア以外の女子メンバーは、全員揃って俺達にとっての高校時代の同級生。必然的に合流して、昔を思い出すような賑やかなノリで飲み会に雪崩れ込んだ。
 ルキアが居る時だけは意地でも表に出ようとする『アイツ』の所為で、あの場所を去って以来、『俺』とルキアがまともに話す機会は殆ど無かった。『アイツ』と代わろうかとも一瞬思ったが、周りに居るのは何だかんだで付き合いの長い連中。上手く誤魔化すのは難しいし、逆に大して話す機会も無いだろうとそのままにした。
 多分、それが間違いだった。
 俺は元々言うつもりは無いし、ルキアも周囲に自分の恋愛事を言い触らすタチじゃない。そもそも、本当に『俺』とルキアが付き合ってるかと言えば、答えはノーだ。だから普通に、昔のクラスメートって立場で振る舞えばいい筈だった。
 なのに――無駄に意識する。他の奴と話していても、視界の端に映るルキアの姿がやけに目を引く。昔はそうじゃなかった。気になる時には、具合が悪そうだとか様子がおかしいとか、とにかく何か理由が在った。理由も無いのに気になって、気付けば目で追っているなんて、そんな事は無かった。だから、
 ルキアが好きだと、無意識の自分に思い知らされた気がした。
 ――…最悪……。
 『アイツ』の存在が頭を掠めて、気分が落ちる。今は『俺』と『アイツ』が黒崎一護で、それを知ってて付き合ってるルキアは、逆に言えば『俺』の恋人。そう、言うのは簡単でも、それで割り切れる程単純だとは思えなかった。しかも、この場合、ルキアが好きなのは『俺』じゃない。
 多分、そんな事を考えてた所為だ。
 思っていた以上に盛り上がった勢いで、二次会に…という話になって、どうにも逃げられる空気じゃなかったから、家に連絡を入れようとその場を離れた時。通路でトイレから戻って来たルキアと行き合った。その時、俺は意味も無く気まずくて、多分ルキアも戸惑ってた。お陰で何故か無言で見詰め合う羽目になった数秒後、ルキアに、早くも飲み過ぎて足取りがおかしくなっている他の客がぶつかった。
 小柄で体重も軽いルキアは、当然ながら前へと勢い良く弾かれる。気付いた時には、俺がルキアを抱き止めていた。
「あ……」
 細いけれど柔らかい感触。近いから判る匂い。
 それらを自覚した瞬間、咄嗟に俺はルキアの身体を引き剥がすようにして、反射で掴まれていた腕を振り払った。
 拒否したかった訳じゃ無い。だけど近くには昔の同級生達が居て、こんな所を見られたら、からかわれるのも追及されるのも分かり切ってる。第一、ルキアにとっての黒崎一護が『アイツ』だと思うと、そうしている事に耐えられなかった。
 ルキアが驚いたように俺を見たのは一瞬だけ。そして視線を外して戻って行ったその後は、至って普通だった。
 不自然過ぎる程に普通で、卒の無い態度。完璧な笑顔。俺の顔の辺りを彷徨っても、決して合せなかった視線。客観的に見ると完全に、懐かしい中学時代のクラスメートの朽木ルキア。『コイツ』の存在を抜きにしても、在った筈の『俺』とルキアの関係すら微塵も感じられなかった。
 もしかすると、これが本来の形だったのかもしれないが。

「――…あれは……別に……」
 思い出してみると、責められる理由も分からなくは無い。それでも、こっちにだって言い分はあった。寧ろ、あの反応だって当然だろう。
「俺は、」
「一護。テメーの都合も気分も知った事じゃ無ぇ。けどな、一つ覚えとけ」
 琥珀色。光の加減で金茶にも見える目が、睨むように俺を射た。
「ルキアを離して平気なら、『俺』はとっくに『お前』を消してる」
 当惑する俺に、アイツは皮肉な笑みを浮かべる。
「なあ、意味が解るか? ルキアを離さない為に、『俺』は『お前』と身体を共有してやってんだぜ?」
 何だ、コイツ?
 一連の言葉の意味は分かる。だけどその実、内容は意味不明だった。
「つまり、ルキアを離せば『テメエ』が消えるかもって事か?」
「へえ……やってみるか? まあ、やって『お前』が無事だといいけどな」
「どういう意味だよ」
「単純な話だ。『俺』はルキアを離さねぇ」
「何なんだ、ソレ。つーか、オマエおかしいだろ。そこまでルキアが好きなら、何で俺にもルキアと付き合えとか言うんだよ?」
「可笑しくねぇ。当然だ」
「何処が……」
「当然なんだよ。だから、恋人だの好きだのと、そういう枠で『俺』とルキアを括るんじゃねえ」
 怒りや苛立ちを含んだ声は、一体何を言っているのか。
「それなら……恋人だとか、そういう意味でルキアを好きって訳じゃねぇって事か?」
「さっきから、お前は何をどう聞いてんだ」
 露骨に呆れた様子に、俺は今度こそ考える事を放棄した。完全に互いの話が通じていない。『俺』と『コイツ』の間では、何かが絶対的に違っている。
 息を吐いて、話を変えた。
「…――取り敢えず、『俺』がルキアとデートすりゃいいってんだな?」
「お前の場合は煩く言うだけじゃ無駄らしいからな。自分の立場に少しは慣れろ」
「ルキアの彼氏のフリ、にか?」
「そうしたいんなら、そうしろ。要はテメエが勝手にルキアを離さなきゃいい。他の女に目移りしそうになったら、俺が代わりにその女と縁切ってやるよ」
「……俺の意思は全部無視かよ」
 無茶苦茶だ。コイツは。
「つーか、ルキアルキアって、そればっかりか。オマエは他に無いのかよ?」
「他に何か必要か?」
 瞬時に訊き返す声を聞いた瞬間、寒気がした。コイツは、心底本気でそう思っている。
「………やっぱ、おかしいぞ。オマエ」
「可笑しく無ぇし、当然だって、何回言わせんだテメエは」
「…………」
「ま、ただ単に好きってだけの理由で此処までする奴が居れば、ソレを可笑しいとは言うけどな」
 謎掛けよりも質の悪い、言葉遊びのような科白。
「……そうかよ」
「ああ。――それと、一つ言っとく。お前が解る必要は無ぇけどな」
 唐突に、俺の周りで重力の感覚が僅かに変わる。
「『俺』が消えるのは、『光』が消えた時だ」
 最後にそう言って、『アイツ』は『俺』を表に押し出した。

 それが、ついこの間の事――。












どちらも、自分の立場や感覚でしか物事を見てない感じで。
…続きます。というか、回想だけで一話終わってる…(…)



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