Double Dream- III


「――で、何処行くよ?」
「何処、と言われてもなぁ……」
 唸りながらも大して深く考える素振りも見せず、スプーンで抹茶アイスと白玉を一度に掬い上げるのに集中しているルキアを正面から眺め、俺も柚子あんみつを口に運んだ。和菓子屋も兼ねた――というか、そっちがメインの老舗らしい甘味処。雰囲気の所為か場所柄か、若者やカップルの殆どいない店内で、例外は俺達二人だけ。
 あれから、適当に歩きながらも行き先が決まらず、結局はルキアが目聡く見付けた店先の「白玉ぱふぇ」の文字に引き摺られるようにして此処に入った。要は予定も何も決まって無い。つーか、真面目に決める気があるのかすら謎だ。
 もう、こうなったらどうでもいいが。
 思いながら、柚子の皮入りの白蜜の掛かった白玉を持ち上げた途端、正面から視線を感じた。正確には、視線の先に居るのは俺じゃなく、
「……あー…欲しいのか?」
「あ、いや、別に……ただ、どのような味なのかと」
「じゃ、一個やるよ」
「あ……」
 二段重ねの抹茶アイスの横に、柚子蜜の掛かった白玉を乗せてやる。
「………食わねぇのか?」
 声を掛けると、固まったまま何かを悩んでいたルキアがパフェの器をこっちに押し遣った。
「…――では、私の抹茶アイスを一口やる。あ、白玉は食うなよ?」
「イヤ、別にいいけど……」
 つーか、そんなに好きか。白玉が。
「ぐずぐずせずに早く食べろ。アイスが溶けるではないか」
 スプーンを動かす気配の無い俺に苛付いたのか、更にガラスの器を押し遣ってくる。
「命令形かよ」
「人の好意にケチを付ける気か貴様」
「……好意って言うのかソレ」
「男が細かい事でがたがた言うな」
「へえ…男がどうのってんなら、オマエもその口調をどうにかしてみろ」
「あーら、乱暴な論理ですわね。黒崎くん」
「そりゃ単なる猫被りだ」
「黙れ。貴様こそ、そんな眉間に皺寄せた顔してあんみつなど食べている癖に」
「顔は関係ねえ! ってか、話の趣旨が違ってんだろ、オイ」
「そう思うのなら、とっとと食べろ。私が柚子蜜掛けの白玉を食べられぬではないか」
「……へいへい」
 何でこんな馬鹿馬鹿しい事で言い合ってるのか。ハッキリ言って自分でも謎だ。だが、一つ言えるのは、俺がルキアと会った時に感じていた落ち付かなさとか違和感とか、そういうものがいつの間にか消えていた事。
 ――こんな感じ、だったっけな……俺達。
 そうだったような気もするし、違う気もする。分からないのは多分、前と今との間に在った挟間が大き過ぎる所為だ。
 それでも、こんな関係は嫌じゃ無い。
 何故なら――、

「……貸してやろうか?」
「何を」
「住み処に決まっているだろう」
 そう言って、俺に居場所をくれて、

「ホレ、土産だ」
「…って、人の部屋に勝手に物持ち込むんじゃねえ! ってか、何でテメエは人の部屋で勝手に寛いでんだよ」
「寛げるような物が無いから持って来てやったのだ」
「んな大量のクッションどうするつもりだ」
「うむ。実は、大きなソファの上でクッションに埋もれる、という図を一度やってみたくてな」
「家でやれ。つーか、そっちの紙袋は一体何だ」
「マグカップだ」
「要らねえ」
「家だというのに紙コップでコーヒー飲むなど地球環境の敵だぞ貴様」
「何で俺個人の生活がそんな地球規模の話になってんだよ」
「あと、私はコーヒーよりもカフェオレか紅茶が好きなのだ。普段はストレートだが、気分によってはミルクティだな」
「ウチに牛乳は無ぇ」
「だから奥に小型冷蔵庫を設置しておいた。あと、成分無調整の牛乳も買ってある」
「……人の留守中に何やってんだ、テメエ」
「何だ、忘れたのか。私は貴様の家主だぞ」
「他人の部屋に不法侵入して勝手に物増やす家主が居て堪るか」
「逆より遥かに良いではないか」
「迷惑なのはどっちも同じだ。――っつーか、どうでもいいからとっとと帰れ」
「ああ、そうだ。冷蔵庫にケーキが入れてある。ちなみに、二つ有るから一つは私が貰うぞ。チョコレートケーキとショートケーキ、どちらが良い?」
「オイコラ、話聞いてんのか。俺は帰れって――…」
「たわけ。と言うか、莫迦か貴様は」
「………何がだよ」
「自分の部屋で落ち付けずに、一体何処で落ち付くと言うのだ。そもそも、クッションなど投げた処で大して物は壊れぬし、冷蔵庫はきちんと固定してある」
「………それで?」
「それから、時々こうして人が訪ねて来るのだから、そういう腑抜けた顔して生活などするな」
 そんな風に、俺に何かを悩ませる暇を与えずに、

「……共食いだな」
「ルキア。オマエ、ソレが言いたいが為に苺タルト買ってきやがったな」
「素直に食べている貴様も貴様だがな」
「悪いかよ」
「いや、人の好意を素直に受けるのは良い事だ。――まあ、所詮は共食いだがな」
「テメエ……!」
 何だかんだで、深刻だった筈のあの頃の俺は、普通に笑っていられた。

「……一護。どうかしたのか?」
「え……?」
「先程から手が止まっておるぞ」
「イヤ、別に……」
 応じて、事務的にスプーンを動かしながら、ぼんやりと考えた。
 ――こんなんで、いいんじゃねぇか? 俺達は。
 結局、あの頃だって俺達の間に在ったのは恋愛感情なんてモノじゃ無かった。だからと言って、友人というのも少し違う気がする。どちらかと言えば、秘密を共有する仲間、みたいなもの。ある部分で密接で、その所為で他より近い気がする。そんな関係。
 ある意味、今もそれは変わっていない。
 ――だから、コレでいいかもな。
 寧ろ、その方がいいかもしれない。下手に恋愛だの何だのを絡ませるよりも、『アイツ』が居なかった時と同じように。
 それなら多分、大丈夫だ。俺達は。
 こないだみたいに不自然になったり、いちいち面倒な事を考えなくても済む。そもそも、他人に言われて気付くような恋愛感情だったら引き摺るべきじゃない。元々俺達の間に在ったのは、恋だの何だのとは別のもので。それでも俺にとっては十分以上に大切だった。
 だから、こんな感じで話せるなら、きっと前みたいな関係に戻る事だって出来るだろう。
 そう思った。その時は、本気で。
 なのに――、
「オマエ、もう食い終わるのかよ」
「たわけ。単に貴様がぼーっとしていただけだ。ああ、ちなみに、この残った白玉は絶対にやらぬからな」
「別に、俺は白玉には興味無ぇ」
「ふん。貴様如きに白玉の良さが解って堪るか」
「大して解りたくも無ぇけどな」
「罰当たりな奴め」
 不機嫌に、舌打ちでもしそうな表情を浮かべた後、ルキアは最後の白玉と抹茶アイスの欠片を掬おうとガラス製の器を持ち上げて、
「あ、」
 唐突に、下の皿と器の間に敷かれた、朱色の紙の真ん中に気が付いた。
「……兎」
「だな。――あ、コッチにも居たぞ」
 形の違うガラス器の下の、色違いの緑の紙。軽くディフォルメされた、長い耳と短い尻尾の後姿。
「……要るか?」
「え?」
「イヤ、俺の方に在ったコレ。多分、貰ってもいいだろうし」
 オマエにやるよ、と渡した紙。ルキアが自分の方から抜き取った朱色のそれと、俺が渡したもう一枚。両手に持って、彼女はまじまじと見比べた。
「何だ。どうかしたか?」
「あ、いや……」
「だから、何だよ」
「単に、その……こういう思いがけぬ事と言うのは――…妙に、嬉しいものなのだな」
 何処かぎこちなくそう言って。
 それから、ルキアは二羽の兎を眺めてふわりと笑った。
 ――…あ、
 別に、というか確実に、ソレは俺に向けられたものじゃない。けど、
 ――ヤバい……かも。
「一護?」
「あ、イヤ……良かったな」
 必死で引き剥がした視線を、何とか自分の器の中身に固定する。
 一瞬、有り得ない事を思ったような気がする。イヤ、普通に考えれば有り得るだろうが、ルキアに、というか俺がルキアに対して思うにはちょっと有り得ないような。
 ――気のせいだ。っつーか、気のせいであってくれ。
 そう、自分に言い聞かせてみる。
 何故って、今までルキアを見てそんな風に感じた事が無かった。
 偶然再会して、俺をあのビルまで連れて行って、少し埃っぽくてだだっ広い部屋の中で、窓から射し込む光を背にしたアイツを見た時も。
 昼だったり夜だったりしたあの部屋で、どうでもいい言い合いをしたり、下らない遣り取りで笑ってる時も。
 それこそ、何かが迫って来る予感と恐ろしさに頭がおかしくなりそうだった瞬間に、遠慮無くドアを開けて現れたアイツを見て、唐突な安心感を自覚した時も。
 格好良いとか凄いとか、男らしいとか偉そうだとか、男が女に対して思うにはどうなんだという感情も含めた色々な事を感じて来たけど、
 ――可愛いとか、思った事無かっただろうが、俺。
 なのに何で、よりによって今思うんだ。
「……何つーか、マジで有り得ねぇ……」
「は? 何だ?」
「あー…イヤ、何でもねぇ。コッチの話」
「何なのだ、突然」
「気にすんな。それより、コレ食うか? 柚子の寒天」
「ん? おお、美味そうだな!」
 嬉々として身を乗り出して来るルキアに、あんみつの器を差し出してやる。だが、寒天を二つ慎重に掬い上げる姿を見て、再びさっきの感情がリフレインしそうになって頭を抱えたくなった。
 ――錯覚か? それともアレか。『アイツ』が散々ルキアルキアって五月蠅ぇから、『俺』まで影響されてんのか? 元々そういうんじゃなくても、見慣れると魅力的に見えて来るとかそんなのか? イヤ、そりゃまあ元々ってか、前からルキアは好きだったけど。それでも何か違っただろ。可愛いから好きとか思った訳じゃねえし、寧ろ見た目は綺麗系だし。つーか、何でこんな事考えてんだ俺は?
 そもそも、どうしてルキアを好きになったのかを考えた事が無かった気がする。
 大切にしたいとは思っていたが、一緒に居た頃は自覚すらしなかった。強制的に自覚させられた後、マトモに会ったのはこの間と今日。考えてみれば、ルキアと二人で外出したり、それこそ店に入るなんて事は前代未聞だ。
 ――意識し過ぎてんだ。こういう状況に慣れて無ぇからそんな気分になってるだけだ。
 何故か必死な気分になって言い聞かせる。ここで流されたら、俺は一生マトモな恋愛というものが出来ない気がする。『アイツ』が居る時点で既に十分以上に前途多難だが、あっさり罠にハマってどうすんだ。そもそも、堂々と三角関係とか何でそんな不健全な……って、そういや、『俺』が他にコイビトとやらを作ったら、対外的には二股掛けてる事になんのか。どんな言い掛かりだよ、オイ。
「一護……貴様、本気でどうかしたのか?」
 眉間の皺が凄いぞ。というか、この兎に何か恨みでも有るのか貴様。
 不審気なルキアに問われて気が付いた。いつの間にか、ルキアが脇に置いていた例の兎を睨んでいたらしい。
「や、別に、恨みっつーか…まあ、何だ……」
 イヤ、あると言えばあるのか、恨みが。ソイツらが居なけりゃ、多分あんな気分にはならなかった筈だ。
「何だ。はっきりせぬ奴だな」
「色々あんだよ、こっちにも」
「はあ?」
「それより、いい加減に何処行くか決めろよ。延々ここ居る訳にもいかねえだろ」
 話を逸らす為に言った俺の言葉に、何故か彼女は躊躇うように間を置いた。
「そう…だな。……では――」
 少し、行きたい処がある。

 何処か呟くように、ルキアは告げた。












すみません。どうにもこうにも気に食わなかったので、書き直しました。


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