たどり着いたのは見知らぬ土地


 雨が降った。細く、烟って、絡むような雨。
 退屈な空を雲が覆っているのが単純に嬉しい。だけど、これでは足りないのも、このままでは飽きるのも解っていた。だから、もっと、と望む。
 もっと強く、もっと激しく。温いよりも冷たい方が良い。その方がきっと……――。
 気紛れに破壊された跡を辿って、久々に踵を返す。只の瓦礫の山と化した建造物。それすら吹き飛ばして更地になった箇所。代わり映えの無い光景を変えるには、こうするのだと覚えた。ふらりと刀を担いで、存外に遠くまで来た距離を気紛れに戻る。急ぐ必要も無ければ、この行動に意味も無い。有るかもしれないが、俺の知った事じゃない。
 雨脚は少し強まる。それはいい。逆に未だ明度の高い空が不快だ。刀を振り上げ、自分の右側を刃で斜めに斬り下ろす。ずるりと、退屈な建物の上方が滑り落ちていった。同じような外見の隣にぶつかり、諸共に砕ける。そうしながら、もっと、と強く望めば、空の暗さが少し望みに近付いた気がした。
 でも、まだ足りない。
 どれだけ経ったか、視界が開けた。地面が深く抉れて、此処だと判る。端に立って、変化に気付いた。
 水。湧いたのか溜まったのか。クレーターの底が、ほんの僅かに破れたように。水溜まりのような、小さな淵。
 ぼんやりと思った。
 出口は、辿り着かない壁でも、不快な空でも無いかもしれない。

    ※

 月が、天を穿っている。満月に、足りないのか過ぎたのか、不完全な円。星は見えない。見たいとも特に思わないから別に良い。
「楽しいのか?」
 主語も目的語も省いた問いが掛かる。貯水タンクの横で、非常口の上。両足を宙に浮かせて座る俺が視線を斜めに下ろすと、彼女と目が合った。
「ルークス」
 相変わらず、ルキアをそう呼ぶ俺。彼女は時々訂正するが、最近は専ら諦めている。
「ラーヴァ。其処から何か見えるのか?」
「お前が見える」
「そういう意味では無いのだが」
 眉を顰めて、彼女は僅かに呆れたような顔をする。でも、嘘は言ってない。彼女が居る。それだけで、他のものに意味は無くなる。
「……ルークス」
 片手を伸ばして促すと、それだけで解ってくれた。仕方ないなと、そういう顔をして歩いて来ると、錆の浮いた梯子に手を掛ける。俺も立ち上がって、慎重に梯子を昇って来た彼女を引き上げた。相変わらず風に攫われてしまいそうな程に軽くて、ひやりとする。
 コンクリートの上に下ろし、そのまま抱き締めたのは、反射行動。抗議の呻きに腕を緩めると、大きな目が睨んできた。
「私を窒息死させる気か?」
「だって、お前、どっか飛んで行きそう」
「莫迦にしておるのか、貴様」
 幾ら何でもそこまで軽くないわ。というか貧相で悪かったな。と、見当違いの事を呟かれて少し困る。
「そういう意味じゃねえ」
「では、他に言う事は無いのか?」
 仁王立ちする彼女の横を風が過ぎて、スカートの裾がふわりと揺れる。紫と紺で細かい柄の入ったノースリーブタイプのワンピース。胸の下の部分で軽く絞るように結ばれた黒いリボン。
「――…似合ってる」
 可愛いし、大人っぽい。言うと、どこか得意気な顔になった。
「どうだ。気に入ったか?」
「……お前は?」
 問い返す。
「ソレ、好きか?」
「そうだな。気に入っている」
「良かった」
「何がだ?」
「俺が好きだから。そのカッコ」
 彼女の頭に唇を付けると、くすぐったそうな笑い声が聞こえた。
 以前に部屋で、何となく話していた。
「こういう服、似合うんじゃねえの?」
 中の半分が広告で埋まっている女性向けファッション雑誌を広げた彼女の肩越しに言った俺は、クッションで埋もれたソファに座って、脚の間に収まった彼女を抱いていた。フロアスタンドが手元だけ照らして、その光源で何となくページを捲っている彼女と、その髪を漉いたり咥えたりしている俺。
「何だ? これか?」
「そう」
「ワンピースは割といつも着ていると思うのだが」
「でも、コッチのが大人っぽい」
「詰まり、こういうのが好みなのか」
「で、ミュール履いて、シンプルなアクセ付けて?」
「髪は? 上げるか?」
「俺が下ろしやすいならアップでもいい」
「複雑なのは駄目なのか」
「駄目。こうやって弄りたい」
「……というか人の髪を喰うな、貴様」
「喰ってねぇけど……でも、お前のって美味そう」
「胃に刺さるぞ。多分」
「――ああ、そうだ」
 今度は何だ、と律儀に溜息を吐く彼女の背中に圧し掛かるようにして、耳元で言った。
「そういうカッコとかすんの、俺の前だけでいいから」
 我儘だな、貴様。と呟いて、でも否定はしなかった彼女と、そのままクッションの上に倒れ込んだ。
「……覚えてたんだな、アレ」
「偶然見付けたのだ」
「ん、似合って良かった」
 啄むようにキスをして、再び緩く絡めた腕の中に納める。身体を反転させ、俺と同じ方向を向いて彼女が訊いた。
「高い所が好きなのか」
「嫌いじゃねえけど、どっちでもいい」
「私は好きだな」
「じゃ、俺も好き」
「……自分の意見を持たぬか、貴様」
「じゃ、お前と一緒なら何処でも好き」
 答えると、あからさまに呆れたような気配がした。
 そのままの体勢で、視線を初めて遠くに投げる。屋上が切れた先から、原色のネオンと喧騒が風と共に吹き上がる。此処が一番高い訳じゃない。それでも、周囲からぽつりぽつりと突き出した幾つかのビルの一つ。下界の明かりが海で、人と車の流れが魚の群れなら、多分此処は小さな島。
「――……お前と一緒で、二人だけなら、あの部屋が一番好きかも」
「相変わらず貴様は限定条項が多いなぁ。ラーヴァ」
「我儘だから、じゃねえの?」
「そうだったな」
 浮かべた笑みは咎めている風は全く無くて、安心する。
 吹き抜けた夜風に細い肩を震わせたのを見て、大気の冷たさに気が付いた。だから、前触れも無く、華奢な身体を抱き上げる。
「何だ?」
「部屋に行く」
「それならば……って、おい、危なっ…――きゃあ!?」
 その場所から、屋上の上に飛び降りるという無茶をした俺に、彼女は軽く悲鳴を上げた。勿論、俺の首にしがみ付いて。
「た、たわけ! 危ないではないか!」
「大丈夫だったろ」
 こっちのが早いし、と付け加えると、口を何度か開閉させて結局黙り込んでしまう。
「ルークス……厭だった?」
「怪我をするかもしれぬから、止めろ」
「誰が?」
「貴様に決まっているであろうが、莫迦者」
 少し考えて、俺を心配してくれたのだと漸く気付いた。
「――……ルキア」
「何だ」
「その服、似合ってんだけど……」
 いつもと逆に、俺より高い位置に居る彼女をじっと見詰める。
「すげえ、脱がせたい」
「……っ勝手に、しろ」
 視線を逸らせた不機嫌な表情を、俺は照れ隠しだと知っていた。

 階段への扉を潜ると、外の音が遠ざかる。
 俺も、あんな風に、魚みたいに下界を泳いでいて、此処に辿り付いたんだろうか?
 それで、彼女に掬い上げられたのか。
 それとも――……

 思考を断つように、背後で扉が重く閉まった。












ルキアが好き過ぎる白一護と、いろんな意味で正直で我儘な白一護に結局甘いルキア。
……当社比十倍くらいで甘い気がする…(何故だ)
ちなみに、こうなってる二人に一番驚いてるのは、多分書いてる本人です(…)


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