終わりを望みながら、続くことを願っていたあの日は終わる− VI


 家具と呼べる物が全て撤去された部屋。広く見えていい筈なのに、何故か狭く感じる。
「変な感じだな」
「何だ。懐かしく無いのか?」
「知らねえ場所みたいな気がする」
「……それも、そうだな」
 変わって無い筈の、窓からの景色。覚えているネオンの色。それでも、違う。
「なあ、ラーヴァ」
「何だ?」
「本当に、お前なのだな?」
「まだ信じてねえの?」
「そうでは無くて……」
 複雑そうに、言葉を濁す。
「『一護』と代わって貰った、というのは、どういう意味だか訊いても良いか?」
「どうって……単に、一旦『一護』が中に入って、『俺』が表に出てる状態」
 一瞬、彼女が俺を見上げたまま固まった。
「単に、って――そのような器用な真似出来るのか普通!?」
「イヤ、普通は無理じゃねえかと――」
「そもそも、検査でも問題無いとか聞いていたのだが。それって俗に言う多重人格とかそういうものでは……」
「まあ、ある意味では」
「い、いいのか? 寧ろ大丈夫なのかそれは?」
「……なったもんは仕方無ぇんじゃねえの」
「なった?」
「ああ、何て言うか……」
 多分最初は、『一護』の中で『俺』が消えなかったというだけ。『俺』自身も、何となく自分が判る程度だった。
「けど、前とは明らかに違ってんだ。外に近いある場所が在って、其処に『俺』と『一護』が同時に存在出来るようになった感じ」
「良く分からぬが、共存みたいなものか?」
「何かニュアンスが違うけど……まあ、『一護』と互いの情報や経験を共有したり、入れ替わって出て来れるようになったって事。基本的に外に出てんのは『一護』だけど」
 思考を整理しようとしてか、彼女は何も無い壁に寄り掛かって視線を落とす。
「有り得ぬ話では無いかもしれぬが、しかし、どうして突然…――」
「ルキアの所為だろ」
「…………はあ!?」
 一拍置いて勢い良く顔を上げると、いきなり身を起こして俺の腕を掴んだ。
「待て待て、どういう言い掛かりなのだそれは!」
「だって、ルキアが『俺』に、消えるなって言ったから」
「それだけでそんなサイコサスペンスみたいな事態が起こる訳あるか! 寧ろ、そんな事が出来るとしたら、それこそ私は何者だ!?」
「出来てただろ。『俺』が居るのがその証拠で」
「どういう論理だ!」
「という訳だから、責任取ってくれるよな?」
「って、人の話を……っ」
「――じゃあ、厭か?」
「え?」
「俺が居るのは、嬉しくない?」
「あ、いや別に……。厭では、無い。と言うか、その――寧ろ嬉しいのだが……意外過ぎてどうしていいか分らぬというか、実感が湧かぬというか……」
「じゃ、問題無いだろ」
「何をだ」
「俺と付き合うの」
 あっさりと言った俺に、今度こそ、彼女は思いっきり硬直した。ゆっくりと、頭痛を耐えるような表情で口を開く。
「あー…つかぬ事を訊くが、『お前』というのは一般に言う処の黒崎一護という人間の事か?」
「そうだけど」
「しかしさっき、自分は『一護』と入れ替わってるとか言ってなかったか貴様」
「そうだな」
「では、私は一体『誰』と付き合う事になるのだ?」
 俺は酷く真剣に見詰める目を見て、答える。
「……両方」
「そんな交際が有って堪るか……ッ!!」
 怒られた。まあ、何となく予感はしてたけど。
「というか、私に二股掛けろと言う気なのか貴様!?」
「イヤ、本命は俺でいいけど。ってか、同じ人間の場合は二股って言わねえと……」
「屁理屈言っておらずに真面目に考えろ!」
 随分と心外な科白な気がする。
「そもそもだな。大前提として、『一護』と私は別に恋仲という訳では……」
「けど、『アイツ』もルキアが好きだって言ってたし」
「……本人に無断で暴露して良いのかそれ」
「んじゃ、オフレコで」
「それと、取り敢えず『一護』にも選択権を与えた方が……」
「あ、許可取ってる」
「って、そんな乱暴な話に許可与えるのか普通!?」
「仕方ねえだろ。他に方法無いんだし。第一、俺達も普通じゃねぇんだから、お互いに意見が一致した所で手を打つのが妥当だろ」
「だからと言って何でそう……」
 また頭を抱えそうになっている。何だかんだと、自分の意思とか望みとは少し違う部分で踏み止まって悩んでいる点は、『アイツ』に近い気がする。
「なあ、開き直った方がいいんじゃねえの?」
「これがそう簡単に開き直れる話か」
「……あのな。『俺』も別に平気じゃねぇんだけど」
 軽く、彼女の腕を引く。
「けど、俺が欲しいものは一つだけで、それを与えられるのはルキアだけだ」
 最初から、『俺』はそれだけを求めていた。
「だから、その為には何だってする」
 もし、『アイツ』を消せるなら、多分『俺』はそうしてた。だけど、
「『俺』だけが外に出て、『一護』が中で眠ってた時なら判らない。けど今は、『一護』を消して、その上で『俺』が存在出来るって保障が無い。この身体は元々『一護』のもの、って言われれば、多分そうなんだろうな。けど――それでも、欲しいものが有るから」
 静かに、だけど強く告げた言葉。ややあって、小さな笑みが返った。
「……それで、先程の話になる訳か?」
「そういう事」
「何と言うか……随分と前向きな三角関係なのだな」
「暗いよりはいいだろ?」
「確かに、深刻に悩むのが馬鹿馬鹿しくなりそうだ」
「……ソレ、褒めてんのか?」
「感心しておるのだ。ある意味でな」
「じゃあ、OKって事でいい?」
「……そう、だな。だが、気を抜かぬ方が良いぞ?」
 彼女の顔に、綺麗な、だけど不敵な笑みが浮かぶ。
「『一護』の方が良い男なら、『お前』が本命のままとは限らぬし、他に良い男が現れれば、私はそちらに惹かれてしまうか……――」
 素早く、皆まで言わせず、俺はその唇を塞いだ。
 何度でも、いつまでも触れていたい気がする感触に久々に酔う。応えてくれる感覚が愛おしい。
 長く深く、容赦無く貪って、最後に濡れた淡紅色を軽く舐めた。
「――『アイツ』には、敗けない。他の奴らにも」
「っ……! 上、等だ……ッ」
 頬を紅潮させて倒れ込むルキアを、今度こそ抱き締める。
「ルークス……ルキア」
「何、だ?」
「絶対に、離さねえから」
 答えの代わりに、強く身体を抱き返された。懐かしい感覚が、また一つ蘇る。
「ラーヴァ」
「何?」
「……また、逢えたのだな――『お前』と」
「――……ああ」

 逢いたかった、と囁くルキアに、もう一度キスをした。





  <fin.>









…ハッピーエンドですと主張したい(←石を投げないで頂けると大変有り難いです)
ちなみに、全編通して白一護の一人称が基本(例外は精神世界の一護)でした。
ので、イチ→ルキ要素期待されてた方いらしたらスミマセン。でもこれは白一護×ルキア連載ですから…!
イメージソングは Michelle Branch の All You Wanted
一護、白一護、ルキアの話を書きたいなと思っていた時にこれを聞いたんですが、初めてサビを聞いた瞬間「ルキア→白一護」だと確信しました(どんなフィルター)
あのサビで、ルキアが一護の中の白一護を呼ぶシーンが出て来たと言っても過言ではありません。
多分イチルキ変換も可能なので(普通のイチルキ好きな方はそっちに行くと思います)是非どうぞ。
――という訳で、長々と連載にお付き合い下さいました皆様、どうも有難うございました!

続きが有るとしたら、きっと間違い無くラブコメ路線です。何故なら多分楽しいから(待)そして一番苦労するのはきっと一護です。



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