06:START OR STOP


「……行くんですね?」
 それは、顔を合わせて、開口一番。
「何で確認なのよ」
「顔に書いてありますから」
 確信した口調。つい、反論をしたくなる。
「あたしはまだ、何も言って無いわよ」
「けど、行きますよね?」
「だから、」
「行かないんですか?」
「――……行くわよ」
「やっぱり、行くんじゃないですか」
「止めてみようとかは思わない訳?」
「じゃあ、止めたら行かないんですか?」
 不毛な会話。悟って、乱菊は不機嫌に無言を貫いた。見透かされるのは、やはり悔しい。
「生意気よ、あんた」
「どう致しまして」
 笑い含みに返されて、睨み返すのは反射行動。
 涼しい顔で通った風に、落ちた樹影が木漏れ日を乱す。
「修兵は?」
 重なる緑葉を、透かして見上げた。
「行かないの?」
「十番隊に続いて、九番隊まで隊長格が消えてどうすんですか」
「……あーもう、分かったわ。じゃあ、訊き方変えるけど」
 視線だけを、そちらに向ける。
「平気なの?」
「いや、何がですか」
「分かりなさいよ、それくらい」
「どれを指してるのか分からないと、答えようが無いんですけど」
「だから、全部よ。取り敢えず」
 そして、再び視線を戻す。
 揺れる枝。葉の間から、時折射す日が瞳に沁みる。翳した片手が、影を作った。
「平気です」
 その声は、必要以上にはっきりと聞こえる。
「嘘吐き」
「気にならない訳じゃないですけどね」
「そういう強がりは、部下の前で言いなさいよ」
 静かに続いた葉音の後に、溜息が落ちた。
「……厳しいっスね」
「単に、あんたが甘いのよ」
 僅かにずらした掌の隙間。飛び込む陽光に、瞳をずらす。
「あんただけじゃ、ないんだから」
「……乱菊さんと俺とじゃ、意味合いが違うと思ってましたけど」
 浮かべた自嘲。
 咄嗟に振り返って、乱菊は大股に近付いた。
「あのねぇ…――……ふざけんじゃないわよっ!」
「ちょっ……」
 胸倉を掴まれ、思わず慌てる。
「乱――…」
「格好付けたいなら余所でやんなさいよ! 何よ今のは! ワザとらしく皮肉ぶったりとか…莫迦じゃないの!?」
 至近から睨む瞳を、呆気に取られて覗き込む。
「修兵はね。あたしの前では、ちょっと情け無いくらいで丁度いいのよ! 副隊長なのは、あたし以外の前で出来るでしょ!?」
「乱菊さ…――」
「だから……っ!」
 一瞬、大きく息を継ぐ。
「……あたしの前でくらい、素直になっときなさいよ」
 震えた息を隠すように、乱菊は、視線を落として右手を緩めた。
「すみません……」
 零した謝罪が、間に落ちる。
「ホントは、少しも平気なんかじゃないでしょ?」
「そうですね」
「だから、どうにかしたいんでしょ?」
「はい」
「…――あたしもよ……」
 僅かに、息を整える。真っ直ぐに、微かに翳った瞳を見上げた。
「けど、何をすればいいのか分かんないのよね」
「迷おうにも、何も無いですから」
 返す同意は、ただ無言。
 そのまま、死覇装から外した手。骨張った手が引き止めた。
 軽く絡め取られた手首から、相手の顔へと目を移す。静かな瞳とぶつかった。
「……無事で、行って来て下さい」
「生憎、あんたに心配されるほど、あたしはヤワじゃないのよ」
「俺も後から行きますから」
「好きにしなさい。どうしても付いて来たいって言うならね」
 ほんの少しだけ、笑みが浮かんだ。
「重かったら、乱菊さんが持ち切れない分だけ、任せて下さい」
「その台詞、そのままあんたに返すわ。修兵」
 強がりだと、分かる言葉が、可笑しく、嬉しい。
「じゃあ……またね、修兵」
「はい。また後で」
 手が解け、そのままそれぞれ、行くべき場所へと遠ざかる。
 離れる言葉は、まだ言わない。
 ただ――有難うと、どんな時に伝えよう。





夏樹さんに捧げます。

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