「……行くんですね?」
それは、顔を合わせて、開口一番。
「何で確認なのよ」
「顔に書いてありますから」
確信した口調。つい、反論をしたくなる。
「あたしはまだ、何も言って無いわよ」
「けど、行きますよね?」
「だから、」
「行かないんですか?」
「――……行くわよ」
「やっぱり、行くんじゃないですか」
「止めてみようとかは思わない訳?」
「じゃあ、止めたら行かないんですか?」
不毛な会話。悟って、乱菊は不機嫌に無言を貫いた。見透かされるのは、やはり悔しい。
「生意気よ、あんた」
「どう致しまして」
笑い含みに返されて、睨み返すのは反射行動。
涼しい顔で通った風に、落ちた樹影が木漏れ日を乱す。
「修兵は?」
重なる緑葉を、透かして見上げた。
「行かないの?」
「十番隊に続いて、九番隊まで隊長格が消えてどうすんですか」
「……あーもう、分かったわ。じゃあ、訊き方変えるけど」
視線だけを、そちらに向ける。
「平気なの?」
「いや、何がですか」
「分かりなさいよ、それくらい」
「どれを指してるのか分からないと、答えようが無いんですけど」
「だから、全部よ。取り敢えず」
そして、再び視線を戻す。
揺れる枝。葉の間から、時折射す日が瞳に沁みる。翳した片手が、影を作った。
「平気です」
その声は、必要以上にはっきりと聞こえる。
「嘘吐き」
「気にならない訳じゃないですけどね」
「そういう強がりは、部下の前で言いなさいよ」
静かに続いた葉音の後に、溜息が落ちた。
「……厳しいっスね」
「単に、あんたが甘いのよ」
僅かにずらした掌の隙間。飛び込む陽光に、瞳をずらす。
「あんただけじゃ、ないんだから」
「……乱菊さんと俺とじゃ、意味合いが違うと思ってましたけど」
浮かべた自嘲。
咄嗟に振り返って、乱菊は大股に近付いた。
「あのねぇ…――……ふざけんじゃないわよっ!」
「ちょっ……」
胸倉を掴まれ、思わず慌てる。
「乱――…」
「格好付けたいなら余所でやんなさいよ! 何よ今のは! ワザとらしく皮肉ぶったりとか…莫迦じゃないの!?」
至近から睨む瞳を、呆気に取られて覗き込む。
「修兵はね。あたしの前では、ちょっと情け無いくらいで丁度いいのよ! 副隊長なのは、あたし以外の前で出来るでしょ!?」
「乱菊さ…――」
「だから……っ!」
一瞬、大きく息を継ぐ。
「……あたしの前でくらい、素直になっときなさいよ」
震えた息を隠すように、乱菊は、視線を落として右手を緩めた。
「すみません……」
零した謝罪が、間に落ちる。
「ホントは、少しも平気なんかじゃないでしょ?」
「そうですね」
「だから、どうにかしたいんでしょ?」
「はい」
「…――あたしもよ……」
僅かに、息を整える。真っ直ぐに、微かに翳った瞳を見上げた。
「けど、何をすればいいのか分かんないのよね」
「迷おうにも、何も無いですから」
返す同意は、ただ無言。
そのまま、死覇装から外した手。骨張った手が引き止めた。
軽く絡め取られた手首から、相手の顔へと目を移す。静かな瞳とぶつかった。
「……無事で、行って来て下さい」
「生憎、あんたに心配されるほど、あたしはヤワじゃないのよ」
「俺も後から行きますから」
「好きにしなさい。どうしても付いて来たいって言うならね」
ほんの少しだけ、笑みが浮かんだ。
「重かったら、乱菊さんが持ち切れない分だけ、任せて下さい」
「その台詞、そのままあんたに返すわ。修兵」
強がりだと、分かる言葉が、可笑しく、嬉しい。
「じゃあ……またね、修兵」
「はい。また後で」
手が解け、そのままそれぞれ、行くべき場所へと遠ざかる。
離れる言葉は、まだ言わない。
ただ――有難うと、どんな時に伝えよう。
夏樹さんに捧げます。