09:DESTINY OR FATE


 厚く濁った暗い空。薄く注いだ光を受け、閃く剣影に仮面の名残が裂けて飛ぶ。斬り伏せられた敵を目の端に捉え、またもう一人が地を蹴った。
「―――……!?」
 外殻に阻まれ、白刃が止まる。咄嗟に、大きく舞って距離を取った。振り下ろされた巨大な腕が、避けた地面を大きく抉る。
「乱菊さん――…」
「平気よ。任せて」
 振り向く修兵に軽く笑って、彼女は斬魄刀を僅かに引いた。
「――― 唸れ 『灰猫』! 」
 刀身が散じる。風に乗った微細な刃。敵は構わず向かい来る。しかし、
「いくら甲羅が硬くても、中身もそうとは言えないわよね?」
 不敵に笑んだ言葉と同時に、襲った僅かな衝撃が、敵の動きを突然止めた。一見、刀傷は何処にも無い。だが、巨体が地面に落ちる重い音。それに続いて、残った敵――他の破面も一気に斃れた。
「――…灰っての、そういやかなり細かい粒子でしたね」
 苦笑混じりに歩み寄る修兵に、乱菊は涼しく表情を返す。
「呼吸器官とか消化器官とか、同じ様に有るのかどうかは知らないけど。身体の中まで強化するのは、破面でもなかなか出来ないんじゃない?」
「まあ、最下級ならこの程度ですか」
「……みたいね……―――…!」
 語尾に重なる歪な音。笑みを消して、新たな気配に空を見上げた。
「大虚……」
「また、随分と多いんスね」
「数だけはね」
 空の亀裂で蠢く異形。押し広げ、溢れるように、此方側へと踏み込んで来る。
「この期に及んで、数押しする気かしら」
「有効な相手には有効ですからね。それと、塵も積もれば何とやらって奴ですか」
「塵は、数が増えても塵じゃないの」
「あちこちに散ったら面倒ですよ」
「だから――……」
 ゆったりと、斬魄刀を構え直す。
「此処で倒しとくんでしょ?」
「……おっしゃる通りで」
 答えて、しかし、修兵は傍らの乱菊を目で制す。
「ついでに次は、俺がやります」
 そうして、大気を斬って、刀身を右へと水平に伸ばす。低く、斬魄刀の名を呼んだ。
「――― 列陣せよ 『破軍』! 」
 瞬間、大気が鳴動する。
 斬魄刀の解放。翳した太刀は、両刃の剣。白銀の剣身。柄の先から、濃紺の剣穂が短く下がる。変化は只それだけ。それだけのように思える。しかし、
「何か、居るの……?」
「かもしれないですね」
 空気の明らかな変化を感じ、僅かに戸惑う乱菊の腕を引いて、修兵は入れ替わるように前へ出た。
「暫く、離れないようにしといて下さい」
「何でよ?」
「数、減らすんで」
 眉を顰めた乱菊に、修兵は軽く応じる。鋭い切っ先を向けたのは、“虚閃”を放とうと向けられた幾つもの口腔。
「――― 掃討せよ 『破軍』! 」
 口上。そして青い光。中空から、出現し、そして敵に向かった無数の軌跡。
 爆鳴と共に、巨大な仮面が一気に割れた。
「……修兵。あんた今の…――!」
「余り使わないんスけどね。気軽に使うには問題の有る能力なんで」
 暗い空では、裂け目から姿を覗かせた全ての大虚が砕け散る。一瞬、息を呑んだ乱菊は、呆れたように息を吐いた。
「――道理で、今まで斬魄刀解放しなかった訳ね」
 精度は高いが、攻撃範囲自体が広い。余波だけで、敵の周囲も間違いなく巻き込むだろう。しかも、
「確実に当たる分、威力の加減出来て無いでしょ?」
「敵が一人なら、粉々にするか……まあ、割るかくらいは」
「それは普通、意味が無いって言うんだけど?」
「問答無用なのは乱菊さんも同じだったじゃないですか」
「あたしはちゃんと調節出来るわよ。ってか、この場合は手加減しなくていいわよ別に。第一、――…新手も来たしね」
 そう、意味深に振り向き、背中を合わせるように刀を構える。
 取り囲むように砂埃の向こうから立ち現れたのは、大虚の後では酷く小さく見える複数の影。
「また破面? 副隊長二人に大盤振る舞いじゃないの」
「レベルは最低ですけどね。っつーか、乱菊さん。これ……」
「ある意味、混乱と足止めね。苦労してあたし達が倒し終わった時には、もう決着が付いてるってトコかしら。――最後にどっちが勝つにしろ」
 この場合、畢竟、一事が決してしまえば、大局も個々の小事でしかない。
「あと、下っ端の人員削減も入ってるんじゃないですか。必要以上に多くても、いろいろ面倒なだけですから」
「そうね。向こうは少数精鋭みたいだし」
「で、どうします?」
「何をよ?」
「そうなる前に行きますよ、俺は。乱菊さんは……」
「行くわよ勿論。蚊帳の外は御免だわ」
 言葉の示す明確な意味を、其処では敢えて口にはしない。
「結論だけ言われて、納得出来るほど素直じゃない…ですか?」
「あんたもそうでしょ?」
「――…そうですね」
 自分の未来を、確信出来る者など何処にもいない。目前に待ち受けるものを知ったとしても、先を見据える瞳を持った、歩みは容易に止まるだろうか。
 偶然も必然も、受け入れる者が決める事。運命も宿命も、信じぬ者に力を及ぼす事など出来はしない。
「それじゃあ、行きますか」
「ええ」
 肩越しに視線を交わし、そして二人は新たな戦いへと踏み出した。

 過去と未来に介在する、天の定めが在るならば、彼らの上に天は無い。
 世界は己の在る処。――全ては深く、限りなく小さい。





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