言うなれば、それは余韻の残滓。他の全てを排した中で、互いの間に流れる静寂。
漸く、空気が揺れた。
「――…あんたは、諦められるのね……?」
呟く言葉は、落ちて転がる。
「あんたは、あたしに殺されるんなら、あたしを諦められるのね? それで、満足出来るのね?」
声へと変えた思考が、酷く静かに、彼女の心を鎮めていく。
「最後は、あたし自身じゃなくて、あたしを好きな自分を選んでるの」
継ぐ口元が、僅かに歪んだ。
「所詮は、自己満足じゃない」
通用するのは、恋物語に陶酔している人間にだけ。
「どれだけ強くても、そんなものに意味が有るとでも思ってんの?」
何もかもが、情けない程必死に足掻く世界の中で、甘く、儚く、綺麗な空虚。
「要らないわ」
心の底から、這い上がる。
「そんな修兵は、要らないわ」
応えるのは、ただ沈黙。全てはまるで、彼女の独白。
そしてふと、不自然に口調が変わった。思い出したかのように。
「でも……あんたは、何処にも行かない筈なのよね」
外した視線を、有るか無いかに見える刃へ移す。
「あたしの傍から、居なくなったりしないのよね……、…――誰かみたいに」
どちらにとっても残酷な言葉。舌に乗せるのは至極楽しい。
悲壮に浸かった自分を見るのは、寧ろ現実からは遠いもの。
「どうするの?」
やっと、応えが返った。
「……――乱菊さん……」
有るのは迷い。顕に響く覚束無さに、反射的に腹が立つ。
「修兵」
声は、何処か強い。
「今、あたしがあんたを殺そうとしたら、どうするの?」
僅かに、刀を動かした。
「あたしはね、後を追ったりしないのよ」
無感動に放った声は、その静けさで、冷たく乾く。
「後を追ったりしたい程、自分が見えない訳じゃないの」
だから、
「死ぬ時は、一人で勝手に逝ってくれる?」
「乱菊さん……」
「大丈夫よ? ちゃんと覚えててあげるから」
奇妙に愉快で、笑みが浮かんだ。
「そうね……時々なら、泣いてあげてもいいわよ?」
だって、
「あんたをきっと、忘れられないから」
忘れられない男を想って、忘れられない自分を思って泣くんだわ。
「あたしの為よ。結局は」
思考の奥で、ふと思う。可笑しいのは、何だろう。
再び、そして今度はゆっくりと、応える声が耳に入った。
「想って、泣いて、それで俺は終わるんですね? 乱菊さんの中で」
「そうよ。それでもいいでしょ? あんたは勝手に死ぬんだから」
「殺されるから、死ぬんですよ」
「だって、あんたはあたしが好きじゃない。殺されてもいいってくらいに好きだから。要らないって言われたら、きっといつか死ぬんでしょ?」
戦いの中で。他の誰も、自分の死には巻き込まない戦いで。
「あんたは、器用だから。そして、あんたが死んだら、それがあたしのせいになるのよ?」
「何故ですか?」
「あたしが、あんたが死ぬのを知ってるからよ」
必然のような結果は、深く考えるまでも無い。
「分かってる? いつだって、そうなのよ。自分がそれだけ好きだって事、あんたはあたしに思い知らせてんのよ」
何度確かめても、そうだった。
「――…だから、あたしのせいになるの。他の誰も、そんな事を考えなくてもね。あたしの中ではそうなるの」
狡い。そして、卑怯だ。と思った。
「だから。どうせそうなるんなら、あたしが殺すわ」
心から、笑みが浮かんだ。この上も無く簡単に。
「あんたはね、あたしのせいで死ぬんじゃなくて、あたしに殺されるから死ぬのよ」
軽く、刃を翳した。修兵が僅かに動く。
「あんたが悪いのよ? あたしの心を、持って行こうとするから」
見えない先で、視線が絡む。
「あたしはちゃんと、あんたの事を想ってるのに。勝手に想いを押し付けて、勝手に奪って逝こうとするから」
「俺はそれだけ、乱菊さんの事が好きですよ」
「知ってるわ。……そしてね。あたしもあんたが好きよ? 修兵」
「…――それでも、俺を追っては来てくれないんですね」
響きの乏しい声は、殊更低くその場に流れる。
「――逝く訳無いでしょ?」
答える言葉は、嘲るように、投げ出すように。
ゆっくりと、修兵は、立てた片膝と突いた片手へ体重を移す。静かに、乱菊は後ろ手で障子を探った。
鋭く滑った明かり障子が立てた音。
一方は、開いた闇へと飛び出して、一方は、置かれた得物へ手を伸ばす――……。
大きく揺れた、ほんの数拍。
空ろになった暗い部屋へ、今更のように風が差す。