うっかりと見過ごしそうな小さな看板。
示されたしっかりと重い木の扉。
押し開けて、風に乗って吹き付けたのは、いつもの空気。
抑えた調子で低く流れる音楽。聴いて初めてほっと息を吐いた。
「いらっしゃい」
「こんばんは。修兵さんはまだだよ」
「見れば分かるわ」
「今日はどうするの」
「白の辛口」
「いつもの修兵さんの注文と同じだね」
「偶然よ。そんな気分だっただけ」
行き来する会話に大きな変化がある訳も無い。
しかし、変わらず在り続けるというのは案外に困難なものだから。
だから敢えて、今思う。
ゆったりと包む空気。
様々に黄色の光を帯びたグラス。
白いプレート。
黒く艶やかな木のカウンター。
そして迎える人も、待ち人も、もう暫くは変わらぬままで。