雨上がり。夏へと移る風。
 未だ、空は灰色で、遥か向こうで雲が切れる。

「乱菊さん。危ないんスけど」
 斜め後ろの非難は聞こえない事にする。
 最早雨を弾く気力も無い青い傘。
 大きく振り回すと、勢い余った水滴が顔にも飛んだ。

「乱菊さん。隣行ってもいいですか?」
「……絶対ダメ」
「あ、やっぱり」

 黒く濡れたアスファルト。
 ついでに、道の端は水溜り。
 何の嫌がらせよ?
 忌々しく、大きく避けて通る。
 頼むから、車なんか来ないでよ?

「並んで歩いてるトコなんて見られたら、どんな噂立てられるか分かったもんじゃないわ」
「あー…まあ、単純っつーか、素直に面白いんじゃないんスか?」
「どっちにしたって迷惑よ」

 昨日の今日で、そんな面倒事は御免だわ。
 今日の明日と、言い換えてもいいんだけど。
 だけどどの道、昨日でも今日でも明日でも、そんな事気にするのはあたしくらい。

「乱菊さん」
「何?」
「帰り、どっか寄りましょうよ。俺、奢るんで」

 立ち止まって、少しだけ振り向いた。
「珍しいわね」
 いつものように、笑う顔。
「たまには、いいじゃないスか」

 歩みを戻して、空を見上げた。
「……そうね」
 空はまだ灰色。そして、少し明るい。





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