夕色。
 色を落とした青空に、掠ったように刷いた白い雲。西に行くにつれ、空は薄灰に霞む。
 ぼんやりとした大気を透かし、日暮れへと差し掛かった太陽が揺れる。夕空に融けかかるような僅かな影は、殊更低い入道雲。
 西を照らす夕色。濃い湿度を間にして、届く陽射しの力は薄い。僅かに赤の印象の強い柑子色が、底の切れた円を太陽と見せる。

 熱く湿った空気に、噎せ返る程の草の匂い。
 時折、髪を散らして空気が動く。未だ涼しさの薄い風。肌から浮き出る汗は、襦袢をじっとりと湿らせる。
 逃げ切れない不快さ。募るばかりのそれは、今は何故か自虐的な心地良さを伴う。
 背後で、道を作った固い土。近付く足音がゆっくりと止まった。
「日焼けしますよ?」
「今更でしょ?」
 敢えて振り向く必要など無い。視線は変わらず、歪んだ太陽の辺りを彷徨う。
 静かに、後ろから差し伸ばされた指が、首筋に貼り付いた髪を払った。
「……修兵」
 何となく、というように金の髪を弄ぶ指を、彼女は無言で握って引き寄せる。
「乱菊さん……?」
 応じるそれは、問い掛けではなく呼び掛け。
 僅かに寄り掛かるようにして立った乱菊を、両の腕で軽く包んだ。
「暑くないですか?」
「暑いから、こうしたって大して変わらないわ」
 視線を他へ外したまま、回された腕に手を添える。
「――…夜になるまで、あとどれくらいかしらね」

 眩しさの無い落日。
 ただ、滲みるように色が移る。





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