日暮れ時から傾いていた月が、早々に屋根に隠された。
 漸く風らしい風が吹き始め、心なしか呼吸が楽になる。
「何やってんの? 修兵」
「夕涼みです」
「夜でしょ、今は」
「乱菊さんはどうなんですか?」
「修兵を見掛けたから来ただけよ」
「こんな所に?」
「こんな所に居るからよ」
 甍に腰を下ろした修兵は、屋根を歩んで近付く彼女を黙って見上げた。
「珍しいわね」
「何がです?」
「飲み会の誘い、断ったでしょ。恋次に聞いたわ」
「給料日前なんで」
「いつもはそれでも行くじゃない」
「そうでしたっけ」
「そうよ」
 短く言って、隣に並んだ。見渡す先の光の有無で、静寂と喧騒の在り処が分かる。
「……たまには、そういう時もありますよ」
「そう……」
 隣でふわりと、空気が動いた。
 腰を下ろした乱菊へ、修兵は僅かに視線を向ける。
「じゃあ、あたしも暫く涼んどくわ」
「――…はい」
 交わす言葉は、響いて溶ける。





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