燈が消えた。
 揺らめく人の朧な影が、ふいと闇に呑まれて沈黙に落ちる。
 灯心から昇った煙を、嗅覚が掴んだ。
「……消えちゃったわね」
「消したんでしょう。乱菊さんが」
「軽く吹いたら消えたのよ」
 僅かに響いて溶ける声。
「案外、頼り無いのね」
 月の夜。部屋に、人に、滲み込むように、闇が影を作り出す。
 溜息と、硯箱に筆の転がる音がそれに応じた。
「遊ばないで下さい」
「邪魔してるのよ」
「どうしてですか?」
「嫌いだから」
 流れるように答えた声。
「同じ部屋に二人居て、それで独りじゃないって言えると思う?」
「……独りなんですか?」
「時々ね、独りになりたくないと思うのよ。けど、誰かに縋りたくも無いの」
 分かる? と、宙に向かって問い掛ける。
 答えは無かった。
「灯り、点けて下さい」
「どうするの?」
「残った仕事終わらせます」
「真面目ね。修兵」
「仕事ですから」
「そ、」
「……こないだ、清酒一瓶貰ったんで…――」
 衣擦れが、文机へ向かい直した動きを伝える。
「終わらせたら、一杯付き合いますよ」
 背を向けて告げる一言へ、顔を背けて彼女は返した。
「じゃあ、待っとくわ」

 均衡は、危うさと紙一重。





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