烟月


 朝夕に、川面を渡る風に冷気が混じる。
 それは、じっとりと湿気を帯び、たゆたっていた空気が、密かに吐息したようだった。
 静かな風が髪を撫でる。薄曇に、月が滲んだ。
 両腕の下に敷いた草の葉は、夜気に冷えている。両手を枕に仰向けに寝転んで、見上げるのは朧げな夜空。昼の間は晴れていたが、日が落ちた空には、薄っすらと雲がのびていた。
 音もなく過ぎる風。揺れる葉音は、密やかに広がる。
 無意識にそれを追って、それでも、思考は半端な場所で漂っていた。
 独りではない。どこか近くに、とはいえ随分と距離を取った場所に、覚えのある気配がある。
 自分にも分かる。ならば、きっと向こうも気付いているだろう。
 分かっていて、一人でいる。だから、そこを動く気にも、声を掛ける気にもならなかった。
 それに、会って何を話すというよりも、今は何を考えればいいのだろう。
 ほんの最近の出来事だ。思考を試みて、うまくそれが纏まるほど時が経っていないせいかもしれないし、そもそも自分が論理的に結論を導き出せるようなものではないのかもしれない。
 裏切り。ではないだろう。多分、それは一方からの見方だ。
 歩む道が分かれたのか。しかしそれ以前に、個々人が同じ道を歩むという認識自体が、誤っているのかもしれない。
 あの時まで、副官として、部下として、補佐し、尊敬していた。
 そしてあの時。自分は置いていかれたのだと感じた。だが、付いて行きたいとも思わなかった。
 掌に乗せた頭を、少しだけ気配の方へ傾ける。気配の主は、あの時どう感じていたのだろう。
 確か、同期で、幼馴染だと聞いている。ならば死神同士としては稀有なほど、長い付き合いだったはずだ……。
 そのまま思考を進めようとして――しかし軽い溜息と共に、それらを意識的に放棄した。
 きっと、余計に考えが纏まらなくなる。
 論理的に思考を巡らせるのは、癖のようなもの。自分の中で、結論そのものよりも、そこに至るまでの過程を楽しんでいるふしがある。
 だが今は、暫くこのまま漂わせておこう。いつか必ず、自分の答えを示さなければならない時が来るのだから。
 そのまま、ただ耳を澄まし、空を眺めていた。
 そして不思議と、一人でいる気はしなかった。
 だから、ふと身を起こしても、そのまま行く気にはならなかったのだろう。
 草の間に座る影。その斜め後ろで、歩みを止める。
「乱菊さん」
「修兵……」
 何となく、空を見上げた。
「静かですね」
「ええ」
「秋っスね」
「そうね……」
 少し昇った月は、まだ、夜に霞んでいた。





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