異道


 いつも独り立ち尽くして、只、戸惑っていた気がする。
 歩み去る姿も、戻って来る姿も記憶に無い。いつも突然消えてしまって、そしていつも突然現れたから。まるで随分前からそこにいたような顔をして。
 心の奥底ばかりか、表面の揺らぎすらも見せようとしなかった幼馴染を思い返して、乱菊は忌々しげに息を吐いた。
 今、何をして、何を考えているのだろうか。
 腹立たしくもあるし、心配でもある。鬱陶しくもあるし、懐かしくもある。矛盾しているようで、実際には立派に両立する感情が心の内を様々に巡る。
 何処に行っていたのか。何故行くのか。聞き出す努力は程なく全て放棄した。それが正しかったのかどうかは、今考えても分からない。
 分かっているのは、無駄だから諦めるのと無駄でも続けるのとは、どちらも所詮は自分の為で、答えが得られないという結果では結局どちらも同じという事だった。
「あー……もう」
 悩む自分に再び溜息を吐いた時、ふと気配に気が付いた。慌てて視線を転じると、見慣れた男が近付いて来る。
「サボリですか?」
「すぐ戻るわよ」
「って事はサボってるんスね」
「そう言うあんたはどーなのよ?」
「俺は休憩中ですから」
「こんなトコで?」
 乱菊と修兵……二人がいるのは、十三隊各隊隊所の一角。樹が生い茂り、人気の少ない静かな場所ではあるが、休憩程度でわざわざ来るほどの所でもない。
「サボリに来てる他隊の副隊長もいるんで、別にいいかと思って」
「……いつからいたのよ」
「ちょっと前からですかね」
「それなら声ぐらい掛けてよね」
「声掛けなきゃ気付かないとは思わなかったんスよ」
「だからって、黙って見てんのは悪趣味よ」
「すみません」
 おとなしく応じられてしまうと、それ以上の言葉が出なくなる。続く言葉を探して、乱菊の視線は枝の間を彷徨った。風に乾いた葉は、それぞれの色に色付き始めている。
「……で、悩み事はどうなりました?」
「何のコト?」
「物思いに耽ってるって顔してましたよ。何考えてたんですか?」
「別に。忘れちゃったわよ、そんなモン」
「よかったっスね」
「……何でそうなんのよ」
「考えても解決しそうにない事は、そこそこ悩んで止めとくのがいいんスよ」
「悩むのはいいワケ?」
「何も考えないよりはずっと普通ですからね」
 当たり前の事を当たり前の様に言う。それが却って、乱菊を戸惑わせた。
 普通の会話。そこに不自然に下りた沈黙を、微かに笑って修兵が破る。
「大丈夫ですよ。考え過ぎそうになったら、また俺が来ますから」
 それは、どう考えても都合の良過ぎる仮定だ。
「とてもじゃないけど信用できないわね」
「じゃ、訂正します。俺の願望」
「ねえ、言っててソレ恥ずかしくない?」
「本気だと結構そうでもないんですよね」
「………あんた、あたしをからかってるでしょ」
「好きな方に解釈しといていいっスよ」
 聞いた乱菊は、微かながらも不機嫌に眉を顰める。いつもそうして、修兵は言意に選択の余地を残していた。乱菊が、冗談なのかと軽く流せば、本当にそのまま流れてしまう。本気なのかと探りを入れると、苦笑交じりにかわされる。
 一番肝心な部分の判断を相手に任せているのは、やはり意図してなのだろうか。責任転嫁されているようで狡い気もするが、そうさせているのは自分かもしれないと思うと、追求するのが躊躇われた。
 いつの間にか、その先の変化までをも考えて、明確な答えを渡される事自体を恐れてしまっている。そうして逃げ腰になっているのを、目の前の男は分かっているのかもしれない。そう思うのは、時々彼に、こちらの気持ちを読まれたように感じる時があったから。
「そろそろ、帰った方がいいんじゃないですか?」
「そうねえ……あんまりサボってると、隊長の霊圧がコワイし」
「いや、乱菊さんには絶対効いてないと思うんですけど」
「――そろそろ山も紅葉するわね」
「どういう話の流れなんスか」
 どんな些細な事でも、変化をするには理由がある。しかし、季節の移りで明確に色を変える木々よりも、心の変化は格段に分かり難い。
 寧ろ、人の心など本当は分かるはずもなくて、それが変わったからと意外に感じる方が可笑しな事なのだろう。人と人との関係は、それ程に奇妙で曖昧なもの。
「それじゃ、帰るわあたし」
「乱菊さん」
「何?」
 振り向いて、見詰める瞳に思わず怯む。
「俺の事、信頼くらいはして下さいよ」
「……………してるわよ」
 それでも、少なくともこの思いくらいは、信じていてもいいかもしれない。





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