落葉衣


 日が昇り、露に湿った葉が乾く。中天近くに差し掛かっても、澄んだ空気を通して地面に照る陽はどこか緩い。
 ゆらゆらと揺らいでいた風が、日に引かれて次第に大きく奔り始めた。
 人の流れの切れた道。そこに独り、修兵は改めて流れを付けていく。
 着るのはいつもの死覇装ではなく、紺無地の紬。合わせるのは濃い灰色の半襟。灰色に白の細縞の入った角帯は片ばさみに結んでいる。袖口から重ね付けしたシルバーのアクセサリーが見え隠れするのは、修兵なりの拘りといった所か。そして黒の足袋に白木の右近下駄。
 土の道は下駄に馴染む。それはまるで、地に促されて進み、引かれて止まるかのよう。久しく遠ざかっていた心地に、歩みは自然、気紛れになった。
 そうして歩んではいても、修兵に進む先の目的は無い。意図があると言えばあるのだが、それをこのまま目的に変えてもよいものか。
 判断の付かないまま、遠回りに道を選んだ。
 雲の溶け込んだ空は広く、揺れる草陰はただ静か。染まった葉を透かして射す陽が、道とそこを行く者に模様を散らし、吹く風に落ちる葉が色を持って降り掛かる。
 秋。葉が染まる様を紅葉と言い、そしてまた黄葉とも書く。上代は黄葉と書いた。後には紅葉。違いはどちらの色が見目に多いか。ならば、所々にくっきりと緑を置きながら、その他は橙の濃淡にしか見えない遠い山色を何と書けばよいだろう。
 気付けばすっかり染まり切っていた山は、既に上から色を落とし始めている。山嶺近くから始まり、駆け下りるように広がった秋容も、同様にして続く風波が程なく全て洗い流していくはずだ。
 その過程の一つ一つが、長じて一つの季節を作る。そして、次々と季節が先へと続く移りには、変化を惜しむ暇も無い。
 日毎に様相を新たにする景色の中で、分かっているのは、今が殊更に人の気を惹く時だという事。
 日々変化し、いつの間にか消えても、それはそのまま時の流れに乗ってしまう。だが、鮮やかに色付き、鮮明な印象だけ残して拘りなく散る様は、意識せずとも目に留まる。
 だからだろうか。自分の存在が彼女の気を引く事ができないのは。彼女の前からあっさりと消え去った相手が、他に無い程彼女の記憶に強く焼き付いてしまっているのは。
 詮無い事だと分かっていても、考えずにはいられない。それでも確かなのは、自分が消えて彼女の記憶に残っても、傍にいられない自分自身は、必ずそれに耐えられないだろう事。
 近くにいるだけでは満足できず、そこから消えたままでは尚の事我慢できない。
 思案する必要も無い。結論など、とうに出ている。それでも迷うのは、望まない結果を得た時、自分の想いをどうするべきかが分からない為。
 時の流れも、世界の動きも、例えその中で何があろうとも、一切滞る事は無い。破滅への道筋ですら、それらの移りに含まれる。
 否応無く進んでいく周囲に、その時、果たして自分はどう付いて行くのだろうか。
 風を追い、髪に袖に、無数の木の葉が散り掛かる。
 葉が染まるのも、敢え無く散るのも、単に儚い為では決して無い。
 にも関わらず、自身が鮮やかに身を処す事など滅多に出来るものではないから、人は敢えてそれらを気に掛ける。
 続く道と、変える道との分岐点。そこまで来て、やはり自分は離れる方には気が進まない。巡ってみても、最後には近付く方へと道を取る。
 それは、遠回りで我が侭で、鮮やかさとは程遠い。
 そうやって、残り続けるのが強いという事に必ずしもならないのだから、散ってしまうと惜しんでいるのも妙な心理だ。
 だが、総じて言えば、どう捉えるのもそれぞれ人の心持ち次第。
 共通するのは、どれも己自身が思う事。
 落ち掛かる木の葉を伴って、修兵は、目指す場所へと足を進める。





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